雨降り日曜。昨日の夜から降り続いている雨は、まだ止む素振りを見せない。
私の心もこの空のよう、なんてふざけたことを考えられるようになっただけ、少しは落ち着いたのかもしれない。

現在時刻は午後三時。今更パジャマを着替える気にも、どこかに出掛ける気にもならない。というか、こんなに腫れた目じゃ、どこにも行けない。

泣き疲れて眠るなんて、一体いつ以来だろう。
原因は単純。彼との大ゲンカ。大ゲンカっていうか、私が一方的に別れるってまくしたてて、帰って来ただけなんだけど。

最初はちょっと困らせたくて、かまって欲しくて。けどそんなこと、ストレートに言えるわけなくて。
持ち前の素直じゃない性格と重なって、気付けば取り返しのつかないことになってた。

――確かに私が悪かったよ。言いすぎたって思うし、自分の気持ちを押さえて、本音を隠し過ぎてたって思う。

でも、けどさ。

ちょっとは私の気持ちも考えて欲しかった。少しは、私の寂しさに気付いて欲しかった。

そんなことを考えてたら、また涙が出てきた。
まだ泣けるのか、自分に呆れながら、毛布の中で丸まって、また泣いた。

なんであんなこと言っちゃったんだろう。私一人が寂しい訳じゃないのに。私だって、いっぱい寂しい思いさせてるはずなのに。
考えれば考えるほど、自分の愚かさが身にしみてくる。

会いたい、声が聴きたい。けど、もう遅いよ。

軽い嗚咽混じりの号泣。涙が溢れるだけ、愛しさも募る。
ごめん、ごめんね。あれだけ酷いこと言ったのに、許してなんて思う私はなんて虫がいいんだろう。


また眠ってしまったみたいで、もうすっかり日が暮れている。
何時なんだろう、手をのばして掴んだ携帯には、見慣れた番号――彼からの着信履歴が一件入っていた。

とたんに頭の中が真っ白になる。電話してくれたんだ、という嬉しさと、本格的に別れを切り出される恐怖と。
その二つがごちゃまぜになって呆然と携帯を見つめていると、携帯が鳴った。

大好きな曲。あの人からの電話。

びっくりして反射的に通話ボタンを押してしまった。どうしよう、なんて言えばいい?声が、出ない。

『…もしもし?』

聴きなれた優しい声。心なしか、いつもより低いトーン。
心臓が止りそうだ。もう聴けないと思った声、大好きな声、けれど、その声が次に鼓膜を揺らすのは、別れの言葉だから。

『今どこにいるかわかる?』

「………え…?」

予想外の言葉に、思わず声が漏れた。

『わかんない?すぐわかるかなって思ったんだけど』

――なんで怒ってないの?なんで別れるって言わないの?まだ、許してもらえるって、甘い考え持ってもいいの?
色んな想いが混ざって、何度目かわからない涙が溢れてくる。

謝らなきゃ。ごめんなさいって、言わないと。

そう思っても出てくるのは泣き声と嗚咽で、伝えたい言葉が出てこない。
電話越しにでも私が号泣しているのは丸わかりで、ちょっと困ったように

『ちょっと玄関とこまで来てみ?』

と彼は言った。言われるままに玄関まで行くと、

「今度はわかるんじゃない?」

と、電話とは別の所からも、声が聞こえた気がした。

「…うそ…」

だって、そんなこと、する必要ないのに。

「嘘じゃないよ、今、玄関の前」

今度は確かに、玄関の外から声が聴こえた。大好きな、あの人の声が。

電話切るよ、と言った後、暫くの沈黙。ドアを開ける勇気が出ない。
その沈黙を破ったのは、いつもの柔らかい声。

「このままでいいから聞いて。…昨日、あんなこと言われてさ、正直凄ぇ腹立ったよ。そんなの、俺、超能力者じゃないんだから、言ってくれなきゃわかんねぇよ、って。…でも、寂しい思いさせたのは事実だし。そこは、本当、ごめんって。気付けなくてごめんな」

なんで、あなたが謝るの、悪いのは、私なのに。
ドアを開けて、ぎゅっと彼に抱きついた。そうすることしか、思いつかなくて。

「…めんなさい…ひどいこと…いっぱい言った。ごめ…ん…ごめんね…」

嗚咽混じりで上手く伝えられたかわからないけど、なんとか言った。

ごめんなさい。別れたいなんて思ったことないよ。二人でいる時の寂しさなんて、あなたのいない生活に比べたらなんてことない。

ごめんね、大好きだよ。

止められない涙を流しながら、もう一度

「ごめ…なさ…い…」

と告げた。

「…許す気なかったら、わざわざこんな所まで来ないよ」

そう言いながら、彼はふわりと抱きしめ返してくれた。そしてちょっと拗ねた子供のような口調で

「電話もメールも出来ない日は凄ぇへこむし、電話で声聴いたらすっげぇ会いたくなるし。俺だって、寂しいって切ないって思うんだよ?自分一人が辛いなんて思うなっつうの!…つうか」

ちょっと間を空け、私のおでこに自分のおでこをコツンとあて

「…俺の方が、寂しいって思ってた。絶対」

と苦笑いした。その笑顔につられて、涙でぐちゃぐちゃな私の顔も少しゆるんだ。


「…ひっどい顔」

こらえきれない様に笑いだした彼は、そう言いながらも涙を拭いてくれた。

「…仕方ないじゃん…」

ふてくされる私を見て更に笑い出す。――普通笑わないでしょ、そうは思いつつ

「好きな人のこういう顔見れるのって、ちょっと嬉しいかも」

とか言うゆるい笑顔を見せられたら、まぁいいか、なんて思ってしまう。

「今度からは、寂しい時はちゃんと言うこと。いいね?」

急に大人っぽい口調と表情で言ったかと思えば、私が頷いたとたん、いつも以上に柔らかい笑顔で抱きしめてくれた。


雨月


現在時刻は午前二時。いつの間にか、雨は止んで。
雲の隙間から見える月を、彼の肩越しに見つめた。


080202 (060405)
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「雨月」は「うげつ」でも「あまつき」でもなく、「うづき」と読みます。

本格的に小説書き始めて2作目の作品でした。
ひたすらに恥ずかしいんですけどコレ…。何書いてんだ当時の自分、とつっこまずにはいられない。



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