涙か汗かわからない雫を拭う。どうしてこんな事になったのか、どれだけ時間が経っても、私には皆目見当が付かなかった。
働かない頭で無理にでも考えようとすると、ばさり、と音がして、不意に視界が真っ暗になる。

「熱中症と脱水症状で死ぬ気?」

「……それも良いかもね」

「洒落にならない事言うなよ、馬鹿」

その言葉に力無い声で苦笑いしながら、それでも水分が止まる兆しは見えない。

「取り敢えず、それで顔拭けよ。酷いことなってる」

言われて、今視界を奪っている物がタオルだと分かった。そんなこともわからないくらい、思考回路はやられてしまっているらしい。
それでも、今隣に居るのが誰か、それ位はわかる。長い付き合いだもの、声だけでわかる。そして、忘れてしまいたい現実も。

私たちは真夏にお互い黒づくめで、隣に居る彼の首にはまだ黒のネクタイが巻かれているのだろう。
つまりは、そういうことだ。

「…仕方ねぇだろ、俺達がどうこう出来る問題じゃ無かったんだから」

「それでも、何かあった筈だよ」

「何?例えば?」

「…相変わらず、性格悪いね」

「事実だろ」

ぐしゃぐしゃとタオル越しに頭を撫でられる感触がして、髪がぼさぼさになるだろ馬鹿、とか思ったけれど、それも嗚咽に混ざって消えた。
その手でさえ、あの人の記憶を呼び起こす。

信じられない。
信じたくない。
どうして、あの人だったのか。
どうして、私は止めなかったのか。
どうして、どうして、どうして。

あの人は、私の前から消えた。
手の届かないせかいに、行ってしまった。

今更何を嘆いても請い願おうとも、何が変わることもなくあの人は帰ってこないし、零れた水は戻らないのと同じ当たり前の事実。
それでも私は悔いる事を止められないし、涙も涸れる事はない。

タオルを頭に被ったまま微動だにしない私にうんざりしたのか、溜め息が聞こえた。
馬鹿だな、中学からの付き合いでしょう、私が頑固な事くらい、わかってる筈なのに。

そんな事を頭の隅っこで考えていると、不意に腕を引っ張られ、バランスを崩した私は抱き締められる格好になった。
同時にタオルが地面に落ちた。急に視界が晴れて、光が目に染みる。
彼の肩越しに映る世界には、憎らしいまでの青が広がっていた。

「わかれよ、もう、いないんだ。もう、こんな風に熱が伝わる事もないんだ」

じわじわと伝わる熱が、あの人の冷たさを思い出させて、視界が滲む。

いない、もう、にどと。つたわらない。

もう、考えるのも嫌になった。なにも、考えたくない。

だから、これだけ暑いなら今更、と抗うこともせず目を閉じてその熱を甘んじて享受する。

遠くで鐘の音が聞こえた気がした。でもそれが耳鳴りだったのか蝉の声だったのか、それすらもう、わからなかった。わかりたくもなかった。


かみさまはもういない


思い切り抱き締めて、真実を告げる。
これ以上、立ち止まる姿を見たくなかった。あいつだって、そう思ってる筈だ。ずっと2人を見守ってきたんだから、分かる。

突き飛ばされるか一発殴られるか。その覚悟はしていたけれど、代わりに伝わるのは弱々しく服を掴む感触。
それに気付くと、回した腕の力をほんの少しだけ強めた。

耳元で、掠れた声が聴こえる。

その声が呼ぶのは、俺の名前ではないと知っているけれど。


080815
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何かもうすみませんでした(土下座)
書き始めた時からこうなるだろうとは予想はしてたけど、この手の話は難しいですね…。




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