白は嫌いだ

全ての物が、薄汚れて見える
歪んで、見える


(それとも、私の黒さが引き立たされるからそう見えるだけ?)



「こりゃ積もるな…」

温度を失くした放課後の教室。息で白く曇った窓を指で拭い、ちらつき始めた雪にひとりごちる。視線を地上にやれば、数十分前までの色は全て白に覆われ始めていた。
窓に触れたままの指先から温度が奪われていく感覚に眉根を寄せると、近づいてくる、人の気配……いや、騒音。何事かと廊下のほうに視線をやれば、タイミングよく開けられたドア。

「――うっわ、びっくりした!人が居た!」

びっくりした、はこっちの台詞だ。思わず身構えて、侵入者の顔を睨みつけた。

「あれ、転校生じゃん、何やってんの?教室寒くね?」

睨みつけられても全く動じず、侵入者――確か同じクラスの男子だ。名前は知らない。興味が無い――は、笑いながら話しかけてきた。

「外よりはマシ」

再び視線を窓の外に向けて、ぶっきらぼうに答える。早く立ち去って、と心の中で念じながら。

「いや、そりゃそうだけど。帰んないの?」

「君には関係ない」

さっきよりも低めの声できっぱり言うと、侵入者はそれっきり黙ってしまった。ごそごそと音がするから、私に構うのをやめて自分の用事を済ませているのだろう。
そうこうしているうちにも、窓の外は白に覆われ続けている。もう一度白く曇った窓を指先で拭うと、足音が近付いてくる。

「……何か?」

私以外に教室にいるのは一人だけ。必然的に答えは導き出される。その手に持っているもので近付いてきた理由は容易に想像できたけれど、一応確認をしてみた。
どうせ、胸糞の悪くなることを言うに決まっている。

「転校生ってハーフなんだよね?俺英語さっぱりでさ、英語、教えてくんない?」

相変わらず笑顔のままそんなことを言う男子の顔を、無表情で見上げる。いや、眉間に皺が寄っているかもしれない。

「……そうだけど、生憎、英語圏の国のハーフじゃないし。英語が完璧なわけじゃないから」

ごめんね、出来る限りの笑顔を作って、だけど冷たい声でそう言い放つ。多分、眼は笑ってない。
そんな私の表情に気付かないのか何なのか、

「え、そうなんだ。じゃ、どこの国の?ってか、三ヶ国語喋れるってこと?!」

うわ凄ぇなぁ、と一人テンションの上がっている彼を、どこか遠くで見ている気分になった。実際、心ここにあらず、な状態だったけれど。

やっぱり。これだから、人と関わり合うのは嫌なんだ。人の気も知らないで、何の悪気もなく、一番触れて欲しくない部分を踏み荒らす。
こんなやり取りを、今まで何度繰り返しただろう。何度、心を踏み荒らされただろう。
目の前の彼に悪気はないと分かっていたって、いい加減うんざりだ。

あからさまに大きく溜息をつくと、彼の目を見据えて言い放つ。この子に言ったって、別に何も解決する訳ではないと分かっていたけれど、これ以上胸の中に仕舞い込んでいるのは億劫だった。

「――ハーフだったら、何?周りの人と違ってなきゃいけない?そんなに“違ってる”のが珍しい?“違う”ことがいいこと?」

興味本位で必要以上に近付いて、でも結局は“同じ”じゃないから距離を置いて、突き放して。
昔からずっと、繰り返される事象。
もう、いい加減にしてほしい。

突き放すなら、最初から放っておいてくれたらいいのに。

「“違う”からって特別扱いして、“違う”からって線引きして。そういう風に見られるのが、一番鬱陶しいんだけど。はっきり言って、いい迷惑。――こっちだって、好きで“違ってる”わけじゃないわ」

そう一気に捲くし立てると、もう一度溜息をついて窓際から離れた。もう嫌だ、一人になりたくて此処にいたけど、やっぱり無駄だった。
勝手に怒鳴り散らして帰ろうとする私に呆気にとられていた彼は、私が教室のドアを開けようとした瞬間、思い出したように口を開いた。

「でもさ、俺もハーフだよ」

「は?」

思わず動きが止まる。なにが、でも、なんだ。第一、どう見てもその顔は純日本人でしょう。
思わずそう口にしかけたけれど、アジア系のハーフなら見た目は殆どわからないのかも知れない、と思い直して口をつぐむ。

「……本当に?」

「うん、――親父とおふくろの」

大真面目な顔をしてふざけたことを言い出す彼に、怒りとも脱力とも言えない感情が芽生えた。

「馬鹿に、してる?」

思わず拳を握ってしまった。やっぱり、多少怒りが勝っていたらしい。距離が近ければ、一発殴っていたかもしれない。

「あ、ごめん、怒んなって!馬鹿にしたかったとかじゃないから!」

「じゃあ、何?そうとしか受け取れないけど」

いい加減にしてほしい。本当に、この人は何がしたいんだろうか。

「俺は親父とおふくろのハーフで、転校生だってそれは同じだろ?他の奴らだってみんな同じで、だから、別にハーフだとかそうじゃないとか、そんなの気にするなって言いたかっただけで、怒らせるつもりは微塵も……」

困ったように、俺日本語すら危ういからうまく言えないんだけど、と笑うと、再び近付いてきて、私の数歩手前で立ち止まった。

「詳しい事は何も知らないけどさ、今までが最悪なんだったら、これからが最高なのかも知れないだろ?転校生が思ってるほど、人生も世間も人も、そんなに悪いもんじゃないよ、多分」

「……そんなの、ただの理想論じゃない」

目を見れず床の木目を見ながら応える。そんなの、自分が一番願って止まないことだ。言われるまでもない。ただ、何時までだって現状は打破できないままで。

「だから、あとは自分次第ってこと。世界が変わらないなら、自分が変わるしかないんだって」

「変わるだなんて、口で言うほど簡単に出来ることじゃないわ」

出来るならとっくにやってる。声色にそう含みつつ、相変わらず床を見つめたまま切り返すと、不意に私のものではない足が視界に入り込んできた。

「じゃあ、まず手始めに簡単に出来ることから始めりゃ良いじゃん」

「だから、そんなこと、私には見つけられない」

「幾らでもあるって――たとえば、転校生さえよければ、俺を信じてみてくれない?」

予想だにしない台詞に驚いて思わず顔をあげると、絶対裏切らない自信あるよ、俺。そう言って私の手を取りにっこりと笑う彼がそこに居た。


目が眩む。なんてことを言い出すんだろうか、目の前のこの男は。
そんな戯言、信じられるか信じられないかの二択なら、信じられないを選ぶに決まっている。

でも。

信じてみてもいいかもしれない、だなんて。柄にもないことを、一瞬でも思ってしまった自分が、何より信じられなかった。


の汚染
(穏やかに、暖かく。緩やかに浸食するそれは、)


080609
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季節外れでごめんなさい。
設定が二転三転した難産な子でした……。いつか没にした設定も書いてみたいなぁ。

一周年ありがとうございました!



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