“ね、あんた東京の大学受けるんだって?”

そう声をかけられたのは、夏休みの始まる3日前


彼女アイロニー


「…勉強中に聴くなって何回言えばわかんの、お前」

「あぁ!馬っ鹿、返せ!」

「馬鹿はお前だ」

「あたしの心の支えを奪うな!」

「数学教えてくれって言ったのはそっちだろ」

別に俺は辞めてもいいんだけど?
軽く脅しをかけると、何かを言い返そうとしたけどおとなしく引き下がった。

「…そうだよね、大学入ったら直に会えるもんね、だから、今は、我慢…!」

「あー、はいはい、そういうこと」

下敷きを団扇代わりにしながら、俺は英単帳に視線を戻す。没収したMP3は空っぽの机の中へ。
必死で数学と格闘するコイツは、中学からの同級生。
中学時代はそれなりに仲良かったけど、高校入ってからは疎遠になってた。

なのに急に話しかけてきたかと思えば、とんでもないことを言い出して。



“――…そう、だけど?”

“お願い、同じ大学に行きたいんだ、勉強教えて!”


“好きな人が、その大学にいるの”


見たこと無いような真剣な目で言われて、思わず頷いてしまったけれど。

好きな人、てのは、いわゆる芸能人、だった。



「…何で、諦めねぇの」

必死に数式を解いていた手が、俺の言葉にぴくりと反応する。

「同じ大学行こうが何しようが、大体生きてる土俵が違うんだぜ、時間の無駄じゃねぇか」

ずっと腹の中にあった疑問を思わず口にしてしまった。しまったと思っても、もう遅い。
手を止めてプリントから顔をあげると、ぱちぱちと瞬きして、顔をしかめる。

「――何、今さら」

俺の目を真っ直ぐ見て、そして言葉を続けた。

「そんなの、自分が一番分かってるし、だから、気にしてない」

てか、それ気にするような女ならとっくに諦めてる、気にしたら負け。恋する乙女なめんな。
そうはっきり言うと、数学のプリントとにらめっこを再開した。

驚いた。真剣なんだ、コイツなりに。それが正しいのか、よくわかんねぇけど。

「…どしたのさ、急にだんまり」

「んー、べっつに。それよかほら、さっさと解けよ帰れねぇじゃん」

「うっさい、今考えてんの!」

大体、微分とかlogとか何の役に立つ訳?こんなん出来なくても生きていけるし!

少なくとも今は出来なきゃ生きてけねぇだろ、同じ大学行きたいんじゃなかったのかよコイスルオトメ。

んなことわかってるから!あーもう無理、ギブ!教えろこの野郎!

教えてくださいお願いしますだろうが、阿呆。


「一個だけ言っとく」

「は?」

投げ出した数式を解説する俺の声を遮って、紡がれる彼女の意志。

「時間の無駄かどうかは、あたしが決めるから」


頑張れ、なんてそんな無責任なこと、俺には言えない。

だからせめて。


神様とやらがいるのなら

ほんの少しだけでもいい
彼女の想いが、

届きますように


080205

title by 彼女哀史
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何となく「パラダイム」と繋がってるのかなぁ…って感じがします。こっちのが先に書き始めたんだけどね。



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