ジェリーフィッシュ
「どこに行きたい、青年」
プランクトンみたいな矮小な情報にさえも食思の盛んな自分にもわからず終いな、世界の結末までのカウントダウンを黒い男は刻んでいる。
路地裏から拉致られて、公園のベンチに二人座ったのは、もう一時間前の話だ。
差し出されたホットドック。5メートルほど先の露店の高値の餌だ。こんな簡素なものに買収されたふりをする。
「おごってやったんだから、付き合えよ」
「南の島になら喜んでついていってやるさ」
「せめてそこのホテルとかにしない?」
「男同士で入れるもんならな」
歴史と、情報と、時間。この世界にどんな価値があるのかわかないのにどうしてイエスなんてものがあるのだろう。
Yes
許す言葉。慈愛の存在。
そんなうまくいくはずがない。
男はベンチの背凭れに項を乗せる。
「南の国ね」
夕闇を超えて、月の白がつむじの上を通っている。
押し問答にもならない。いつもどこにもいかないで、結局終わってしまう。
「安いもんだな。行くか」
「南?」
「そ、暖かいところ」
ほしいものを得られない自分と、欲しいものが明確でない男には、決定的な壁があった。
役目を洗えられたからって、それを全うできる力を与えられてないところ以外、少しも似たところがなかった。
「…」
「…」
「水着、買わんと」
「全裸、希望です」
肉体と理性と、本能は全てばらばらに点在している。
嘘も真実も本質も一色単の大きな水槽の中で、初めて確信したこと。
精神が運命をうらぎって動くということもありえる。言葉だけなら。
ただの、空気。
言葉でしかないけれど。
「楽しそうで何よりさぁ」
「まあねえ。夢は大きくって言うし」
二人して笑っている。
情報でも知識でもなく感情でしかない。揺れ動く。
本当に前なのか後ろなのかも分からない球体で。
「いつか行けるといいね、ラビ」
これが、肉体に繋がれば、真実になるかもしれないけど。
二人で笑って、ありえない行き先より、目先のホテルに向かう方が現実的なのに、こうしてうその和やかさから離れられないまま、漂い続ける。
ジェリーフィッシュ〆