まどろみの夜
カーテンの向こう側は、まだ暗い色をしていた。
目蓋の重さ以上に、半身への負担を感じてラビは目を覚ました。暑苦しい。腕に巻きついた、筋の太い腕。
「……またかい」
ラビは、既にここ数カ月お決まりになっている場面に、すっかり目が覚めた。
二段ベットの上の気配を探る。ブックマンは不在のようだ。史書室にでもこもっているのだろう。心配性で、用心深く、研究者の鏡のような性格はいつまでたっても変わらない。
ラビ寝返りを打ちたいと思った。随分長い間この体制でいたらしく、体が軋む。
しかし、そうさせてくれないのは、右腕に絡まった巨体。
ティキだ。
部屋に忍び込んできたのだ。ティキは此処にいていい人ではなかった。
毎回小言いえば、右から左に聞き流して、どうしたって警戒心が薄れる狭いラビのベットの一角に忍び込んでくる。
身じろいでみて、はっとした。
上半身が素肌を晒されていた。脱がされたのだろう。
ひくり、と眉間に力がはいる。
二度目の呆れ。
彼ときたら、全裸だ。
「起きろ、この変態」
発された言葉は口調よりも小さい。
起こそうとしているのに、起きないように。 じっと開かない瞼をにらむ。
丹精な作りの横顔。眠っていてもわかる。
いつも聞きわけがなくて、子供みたいなのに。そんなことを、この面からは想像もできない。
いつも振りまわれるのは自分。
怒っているのは自分。そのくせ、たしなめるのはティキ。
怒らなくてもいいことで、簡単に腹をたてたり、感情が上下する。
ティキに対してだけ。
ちょっと敏感になっている自分。
感情だけが、いつも一人歩きして、全然制御できない。
なぜなんだろう。
「くそ、これでもくらえ」
ティキのはなっぱしを指先でつまむ。こんなことじゃ、起きないってわかっていながら。
人肌を組合わせる心地よさを教えられた。その気持ちよさが、こうして抱きしめられていると、思い出される。
「…らび?」
めやにのついた片目にラビが映る。
「ぅお、起きた」
「ぅー、さむっ」
ふるる、と肩を震わせたティキの腕に力がこもる。どきっと胸が鳴った。
「まだ、暗いけど、寝ないの?」
「誰かさんのせいで、睡魔が逃げ出したんさ」
「ラビが誰に嫌われようと、オレはスキだよ」
ラビはティキのほっぺたをひねるようにつねった。
遠くでごちゃごちゃと、音がする。教団の生活のおとだ。
だのに、ここは閉鎖された空間みたいに、静か。
だから思わず、ひそひそ声で話してしまっている。
誰にも聞かれないように。
二人だけが聞こえるように。
「イテテッテテ、ギブッギブラビ」
「参ったか」
ティキが自分のほほを情けない顔でさすりながら、恨めしそうにラビをみる。
ラビは笑った。
「ひでーな、ラビ」
ティキは、ラビをはがい締めにするぐらい、強く強く抱きしめた。
ラビの体に染みついた記憶が、このぬくもりから期待している。
抱擁だけでは、少し物足りない。
でも、この満たされない感覚を手放せない。
写真や思い出では得られない暖かさ。
この不安と期待が漣のように繰り返し訪れる感覚が、愛しさなのだとは、まだ知らなくて。
「きついさー、ティキ」
「観念したか」
「うん」
ティキが、その整った顔を崩して、ほほ笑む。
「なんか、眠くなってきたさー…」
「ん、寝ようっか」
二人が、噛み締めるようにあくびをして、毛布にもぞもぞと潜り込む。
未だまだ、わからなくていい。
もう少し、わからないふりをして、隣の夜色に浸る。
end
布団に潜り込む二人、愛しいなぁ…
こういう瞬間、どんな気持ちが揺らいでいても、ちょっと安心して、幸せだよね。