バルバッド編-23(ロゼ視点)
「国民の人権を担保に…だと?馬鹿か。私利私欲の為に、本来国が最も守るべき国民を売るとは…」
「このままではバルバッドは煌帝国の隷属国となってしまいます。下手をすればそのまま煌帝国に取り込まれて…」
「下手をすれば?違うな、煌は元よりそのつもりだろう。バルバッドは随一の貿易大国だ、隷属させたバルバッドを足がかりに世界進出、と言ったところか」
難しい顔をして話し合うレン様とシーヴァ様。
ロゼはそんな二人の邪魔をしないように、そっと部屋の隅へと寄って溜息をついた。
一行は港から新たに取った宿の一室に場所を変え、バルバッドに対する方針などについて話し合いを始めた、のだが。
「うぁぁぁ…うぅぅぅ…」
「貴方の声は唄歌う金糸雀のよう…いや、響く鈴の音のほうがいいかな…?ねえルシアはどっちが良いと思う?」
「うぁぁぁぁ…ひま……暇だー…なあルシアー、ルッシー、ルスルスー……」
「…………」
完璧にレン様とシーヴァ様の話についていけず、暇を持て余しているラウールくん。
ユリウスくんに至っては、最初から話を聞くことを放棄して作詞をしている。
そしてそんな二人に絡まれて不機嫌丸出しのルシアくんからは、無言だが絶えず殺気が滲み出ていた。
「……にしてレン王女、お前はどうしたいのだ?さすがにこの状況を打破するのは容易ではないぞ?」
一瞬、チラリとこちらをレン様とシーヴァ様が見たのは気のせいではないだろう。
ロゼは冷や汗を感じながら、そわそわとまた一歩部屋の隅へと下がった。
レン様が困ってる。
シーヴァ様に至っては怒ってる、絶対怒ってる。
ロゼは分け合って動物のように人の心に敏感だ。
故にシーヴァの抑えている怒りと、レンの少し焦っているような心が手に取るように分かって。
「(ラウールくん、ユリウスくん、お願いだから気づいてくださいっ!)」
しかし、そんなロゼの心からの願いはラウールとユリウスには微塵にも届いていないようだ。
コツン、コツン―、と不意に聞こえてきた小さな音に思わず耳をふさぎたくなる。
恐る恐るシーヴァに目をやると、羽根ペンを握っていないほうの指先で机を軽く仕草が目に入り。
あれはシーヴァ様が苛ついている時や不機嫌なときによくなさる癖。
王城の中で見かけるたびに侍従や世話係が怯えるように様子を伺っているので、とても記憶している。
「あー…えっと、私は……バルバッドを見捨てるつもりはありません。ましてや煌帝国にみすみすと奪われるつもりも。出来れば煌帝国を追い払いたいのですが、それは無理でしょう。最悪現状を維持し、フリーアの援助のもと立て直しをはかり…」
「フリーアからの援助、か。それは難しいかもしれないな……陛下は最近体調が思わしくない。それに神官や神殿が怪しい動きをしている……あまり考えたくはないがな」
「シーヴァ殿下、それは………」
陛下の、フリーア国王の体調が思わしくない?
何となく聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、少し気が引ける。
レン様はバルバッドの為に全面的に援助をするつもりのようだけど、もし、こんなことを言うのは縁起でもないけど、もしフリーア国王陛下が崩御なさったら援助どころではなくなってしまう。
そうなったらバルバッドは……
「ぅー…話が分かんねー……なぁルシアー?」
「………」
バルバッドは……
心なしかシーヴァ様が机を叩く音が大きくなった気がする。
「君の歌声は船人を誘うマーメイド……セイレーンの方が響きが良いな…ルシアンはどう思いますー?」
「………」
気のせいでじゃなかった。
さっきまでポーカーフェイスを貫いていたシーヴァ様の顔に、はっきり黙れ静かにしろと出てる。
レン様も困るのを通り越して呆れているのが分かった。
ルシアくんとラウールくんとユリウスくん。
個々のずば抜けた能力は素晴らしいと認めよう。
でもこれとそれは別だ。
ルシアくんは巻き込まれているだけだけど、絡まれているほうにも問題がある、に違いない。
取りあえずこのままだとレン様とシーヴァ様の邪魔である。
「っ…もう!ラウールくんっ、ユリウスさんっ!いい加減に、してくださいっ!!ルシアくんも殺気立たないで!はっきり言って、レン様とシーヴァ様の邪魔ですっ!」
「ロゼちゃん!?」
「ロゼ!?」
「す、すまない…?」
「ラウールくん、ユリウスくん。ロゼたちは町の観光でもしましょう。ルシアくんは…レン様たちの近くにいた方が良いですよね?」
「あ、ああ…」
ルシアくんの戸惑ったような声に、はっと我に返る。
これってもしかして、もしかして、注意しているお前が一番うるさい…的なやつじゃないだろうか?
血の気が失せていくのを感じる。
「……で、では頑張ってください!レン様、シーヴァ様!」
レン様とシーヴァ様の顔がまともに見られない。
いたたまれなくなって、ロゼはラウールとユリウスを半ば強引に引きずるように部屋を飛び出した。