晴れた夜空を指差した | ナノ


 ぐつぐつぐつ、という音を奏でながら鍋の中の野菜たちが踊る。その中にカレーのルーをぶち込むと簡単に掻き交ぜた。

「天野容赦なさすぎだろつか入れすぎ!!」

「食えりゃいいっしょ」

「な、なんつーいい加減な…」

 同じ班の三人に文句を言われ「あーめんどくせー」と心からの本音を呟く。いちいち細か過ぎる。

「やっぱりというか、なんというか…」

「おお、不知火」

「会長ぉぉコイツマジやばいっす!!」

「俺らまともな飯食えないかも…」

「不知火助けてくれぇ!」

 突如として現れた不知火に助けを求める三人を見ながら、当の本人は達観したように笑った。
 軽くむかつく。





 オリエンテーションキャンプだ。
 すでに過去二回やったというのに。そんな文句はクラスの奴ら全員にあるわけだが担任の「ナメた口聞いてるとケツに物理学の教科書突っ込むぞ」の言葉に黙るしかなかった。
 突っ込まれなくてもズボンを引っぺがされ、尻を出すくらいはしそうで嫌だったからだ。

「しっかしお前ホントに料理下手だな」

 不知火はニヤニヤと完全に馬鹿にしたように笑う。
 たしかに完成したカレーはルーを入れすぎたためにドロドロになり、なおかつ野菜には芯がしっかりと残っている状態だった。
 『…今年こそは天野のまっずいカレー食わずに済むと思ったのに…』と言ったのは去年も同じクラスだった奴で、多分本気で泣いていた。

「じゃがいもの芽は全部取ったのに」

「なんであえてそこに気を回すのかがわからん」

 きっぱり言い切るとタオルを腰に巻き付けた。俺も巻き付け、そのまま浴場に足を踏み入れた。
 毎年行く場所は違うのに、なぜ毎回大浴場に入らなければならないのかがわからない。
 そのまま桶を手に取ると不知火と二人並んで身体を洗う。
 無駄に丁寧に洗う不知火とは逆に、俺は早々に泡を流すと湯舟に向かう。

「お、天野じゃーん」

 話し掛けてきた声が広い浴場に反響し、こだましながらフェードアウトしていく。

「白銀さ、声デカくね?」

「まあね〜」

 何が「まあね」なのか。湯舟に浸かる白銀は優雅にくつろいでいる。
 そしてなぜか長い髪を結い上げて、頭の上に「おだんご」なるものを作り上げていた。

「桜士郎…なんだそれ」

 いつの間にか洗い終えたらしい不知火が横にいた。

「くひひ、湯舟に髪をつけるのはマナー違反だし」

「それ自分でやったのか」

 こいつならそれくらい片手間にやりそうだな。そんなことを予想をしていたら白銀は心外そうな顔をして「まさか」と言った。

「誉ちゃんがやってくれたんだよん」

「…」

「…誉…」

 ちらりと視線をずらせば身体を洗う金久保がいた。器用だ。いやその前になんでこいつを甘やかす。

「ま、二人とも入れば?」

 言われずとも入るに決まっている。


 身体を洗い終わった金久保も交じり、ぼんやりと湯に浸かっていると不意に不知火の髪が目に入った。

「不知火は髪立ててるわけじゃないんだ」

「ああ、そうだな。ワックスは使ってない」

「へーいいなー」

「なんだか意外だな、天野もそういうのに興味があるんだ」

 金久保は本当に意外そうに言った。

「金久保は髪サラサラで立たなそう」

「うーんそうだね。あんまりワックスとか好きじゃないし」

 たしかにそんな感じだ。
 ナチュラルという言葉がやたら似合う男、金久保。
 などと考えていると顔面にお湯をかけられる。犯人など一人しかいない。

「…白銀」

「ありゃりゃ鼻には入らなかったんだ残念ぶっ!!」

 本当に残念そうな顔をするから頭をわしづかみお湯に顔面をたたき付けた。

「ぶわっばっ…ちょっとマジで死ぬし!!」

「狩人はどんな相手でも全力で狙うらしい」

「たくっ、お前ら少しは大人しくしとけ」

 達観したように注意してくる不知火を見ると、なぜかさも当たり前のように畳んだタオルを頭に乗せていた。…なんでだ。

「…一樹フツーにおっさんすぎ」

「つかジジムサイ」

「んなっ」

 俺と白銀の言葉に愕然とした表情を浮かべる。無言で頭を指差しやると、何かが堪え難かったらしく「だああっ」と声をあげた。

「お前らが暴れるからだろうが!タオルが濡れるわ!!」

「桶にいれるとかさ、あるだろ」

「ていうかそれがフツーでしょ。さすが一樹〜発想が昭和」

「おーおーしーろー?」

 今にも掴みかかりそうな様子で白銀を睨むが、睨まれた本人は懲りずにオヤジを連呼する。

「まったく、一樹も桜士郎も」

 金久保は呆れながらも楽しそうに笑う。たしかに巻き込まれなければある意味楽しいとは思う。
 実際はムサイだけだが。
 俺は完全にびしょ濡れになったタオルを湯舟の外で絞った。




晴れた夜空を指差した

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