晴れた夜空を指差した | ナノ
屋上庭園の片隅でうとうとしていた俺の目の前には、いつの間にか美味しそうなクッキーが入ったビニールの包みが置かれていた。
それをぼんやりと眺めながら現在の状況を手っ取り早く理解するため、お菓子を持つ人物に話を聞く手段を取る。
「コレ何?」
「昨日羊が迷惑をかけたと聞いたので、お詫びにきました」
その言葉を聞いたとき、頭の中である光景がシミュレートされた「うちの子がご迷惑を」「いえいえそんな」という。アレだ。
「あのさあ」
「はい」
「主婦…いや、お母さんって言われない?」
土萌の友人であろうそいつの笑みが凍り付く。
悪いことを言ってしまったかもしれない。
アンドロメダは憂鬱気味
東月錫也と名乗った男子は何でも昨日あった残念な出来事を夜久に聞いたらしい。
「あいつも悪気があったわけではないんですけど、気が短いところがあって」
「へえ、そう」
大変申し訳なさそうに言う東月には悪いが、俺を殴った土萌は結構ヤる気満々だった。正直あの時は頬骨をヤられたと本気で思ったくらいだ。
あれを悪意と呼ばずしてなんと呼ぶ。とは言わないけれど。
「まあいいよ。なんか俺も悪かったし。あんましネチネチ言うのも面倒だし」
「…」
「あ、このクッキーもらっていーの?やりー」
シンプルで清潔感のある包みの中には良い匂いのするクッキーがぎっしりと入っていた。素晴らしい。それを一枚手に取って口に放り込む。
「美味ーうんめ…どした?」
「…いえ青空の言うとおりの人だなー、と」
「へー…ちなみになんて?」
「『面倒くさがりな人ですから怒るのも面倒くさがっていると思いますよ』って」
苦笑する東月に、どうしょうもないことを教えた青空を軽く怨む。まあ九割五分は当たっているが。
「うん、いいや。どうでも」
「はあ…あ、具合は大丈夫ですか?」
自分の頬を指さして聞いてくる東月に、俺は湿布を貼った頬をさする。
朝起きたら腫れは引いていたけど、まるでボクサーの試合後みたいに青くなっていた。いくら何でもこりゃまずいと判断しと、朝一で保健室に行って湿布を拝借したほどではある。
「痛みはないな」
触ると痛いが、何もしないぶんにはどってことはない。
「それはよかったです」
「よくねえ…」
「ん?」
「え?」
呻くような声が聞こえた。と、思ったら東月の後ろに銀髪の男子が立っていた。
「哉太、どうしたんだ?」
驚きながらも東月はカナタといい男子きちんと向き合った。しかしそれを無視すると、なぜか俺を見てきた。
「てめぇか!!」
しかもすっごい剣幕である。何だか殴られそうだ、二日連続で。次は反対側か?
両頬湿布はダサいな。
「哉太、やめないか。それに相手は先輩だぞ」
「んなもん関係ねぇ!」
「いや、なくはないだろ」
即答したカナタに東月は即座にツッコむ。東月は素晴らしいツッコみセンスを持っているとみた。
きっかけは土萌の一言だった。
「オヤノカタキってどういう意味?」
何気なく聞かれた言葉の意味を夜久は懸命に教えようとした、が、七海が何か言ったらしく土萌とくだらない言い争いになったらしい。
そんな東月いわくいつもの出来事の詳細を聞いて、俺の結論はひとつ。
「俺関係なくね?」
「あるわ!あいつに言うだけ言って説明なしとか!!」
ああ、意味のない八つ当たりという奴か。納得した。
なんてことを考えといると東月が「お前が余計なこというからだろう」と当たり前のことを言った。
「…あと先輩も、なるべく羊には言葉の意味を説明してやってください」
「なんで?」
「あいつはフランスから来たばかりで、まだ日本語を勉強してる最中なんです」
フランスに住んでたのに日本語が流暢とかバイリンガルすぎるだろ土萌。
しかも日々学んでるとか努力家にもほどがある。それは協力しなくてはと思った。
が、何となくそんな時になったら面倒くさくて説明しなさそうな自分が想像できる。
「覚えてたらな」
曖昧に返して立ち上がる。
「ところで…七海」
「んだよ」
「哉太」
「さっきから気になってたんだけどさ」
「だから何…スか」
「ズボンのチャックが半開き」
「んなっ」
顔を真っ赤にして自分の股間を見た七海はすぐにチャックを上げる。
なんという早業、関心していると七海が半泣きの顔で睨んでくる。
「はやく言えー!!!!」
そんな叫び声が響き渡る屋上庭園にて、俺はクッキーを一口頬張る。
いくら俺でも言いづらいことがあるのを理解していただきたい、とは言えない。
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