ズボンと下着だけを脱いで、部屋の隅に畳んで置く。そしてうつ伏せに寝転がると、客と俺を隔てる壁の中央に空いた穴へと足を通し、ゆっくりと地に足をつけた。素足が絨毯に触れる。そして、小さく身じろいで腰の位置を落ち着けた。昨日は仰向けに寝て、足を大きく開いたV字状態で壁に固定されたところで盛った店長に給料を弾むと言われて弄られたのを思い出す。枕営業って男でもするもんなんだな、と溜息をつきたくなった。金のために背に腹は変えられない。
 お辞儀をするような体制で、腰から下のみを壁の向こう側に。こちら側は横幅はシングルベッドくらいで、奥行きは上半身さえ入ればいいのだから広くはない。マットレスと枕、そしてオレンジ色の仄かに光る電球が置かれただけの簡素な空間。客と俺を区切る高い壁はいやに白く、汚い仕事なのに潔白を示そうとしているようでなんとなく笑えた。

「四月一日くん、それじゃあ固定するね」
「……はい」

 それを見計らったように、スタッフの男の声が聞こえる。そして、すこし大きめに開けられていた中央の穴の上の部分をシャッターのように俺の腰に合わせて閉めると、ぷしゅ、と空気が入る音が聞こえて俺と壁の接着面のクッションとなる部分が膨らみ、すこし圧迫されたような感覚を覚えた。そしてこれをロックされる。これでもう、俺は下半身に何をされても抵抗できないのだ。恐怖感があったのも最初だけで、1週間も経てば気にならなくなった。身体すべてを売るよりも、相手の顔を見なくてもいいというのは魅力的だ。脂ぎった親父でも、イケメンのサラリーマンでもわからない。ブースの外には必ず従業員がいる。身の安全もあり、まあ言葉で強請らせられたりはするがフェラもキスもしなくていい。ほかの夜の仕事に比べたらずっと楽なのだから、と自分に言い聞かせてきたのだ。
 この店には尻だけを出して、本当に文字通り壁尻、というブースもあるらしいが、俺は足が綺麗だ、と店長に言われて下半身全部を投げ出したブースにいれられることになった。言葉通り、俺の足までもを舐める人間もいるし、確かに店長が言う通りだと思う。俺の足のどこがいいのかは全くわからないが。

「……ッ、ん」
「はは、四月一日くんって敏感だよね。……まあそこが人気の秘訣なんだろうけど」

 さっと双丘を撫でられてひくりと腰がはねたのを揶揄され、うるせえ、と言いたくなるのを喉の奥に押し込める。いきなりでびっくりしただけだっての。壁はあるが、スピーカーが付いてくるので向こうの音は丸聞こえである。逆も然り。もちろん、尻だけでいいという客もいるからスピーカーはオンオフが可能なのだが。
 何度かそのように尻や太股を撫でられながら、漸く機械のチェックが終わったのか、「それじゃあ、今日もお願いします」と無駄に畏まった声がして、男が出ていく気配がした。



「こちら、NG行為が無い子となっております」

 すぐに客が入った。俺の下半身の使い方≠、説明しているらしい。本番も玩具も自由に使用していいが、痕を付けたり傷つけたりするのは駄目、と。聞きなれたそれを聞き流しながら、ふうとひとつ、息を吐いた。

「それでは、お楽しみください」

 がちゃり、とドアがしまる音がして、客と二人きりになる。基本は1時間で、延長可能。すくなくとも1時間この顔も知らぬ男に嬲られるわけだ、と目を伏せた。

「罰ゲームで来たはいいけど、男で……しかも下半身だけって、どう楽しめっていうワケ」

 従業員が去った途端にはあとため息がひとつ、そのままぱちんと軽く尻を叩かれる。確かにご尤もなご意見だ。俺ならこんなとこじゃ勃起すらしない。やっぱり抱くなら女に限る。
 その男の声がどこかで聞き覚えがあるような気もしたが、すぐに思い出せなかったので気のせいだと思うことにした。それにしても罰ゲームでこんな店に行かせるだなんて悪趣味にも程がある。まあこんな客でも、馬鹿みたいに触ってくる客と値段は変わらないわけだ。

「媚薬入りローション、ね」
 
 尻臀の片方をぐっと割開かれ、アナルへとローションが垂らされた。冷たさにひくつく穴を至近距離で見つめているのか、ふうっと息を吹きかけられて鼻にかかった声が漏れた。思いの外大きいそれが、向こう側まで聞こえてしまったらしい。

「へえ、……いい声してるじゃん。俺の好きだった人に、似てる」
「ッ、ん……ぅ、っ、」

 気を良くしたのか笑い声が聞こえて、ぐち、と遠慮のない指が中へと割り入ってきた。くにくにと中を探るように内壁を探られ、どんどんと息が上がってくる。悲しいかな、雌の快楽を教えこまれた身体は些細な快楽ですら敏感に拾い上げてしまうのだ。
 それにしても、好きな人に似てるだなんて。最初の台詞から異性愛者だと思い込んでいたが違うのだろうか。

「一本だけですっごい締め付け。……処女みたい」

 中を指先で擦ったり、何度も出し入れしたり。気ままな手つきに翻弄され、俺はひたすら枕に顔を埋めて我慢するしかなかった。普段からこんな風なわけではなくて、ちんこをいれられたならまだしも、一本指をいれられただけでこんなに感じたりはしない。この媚薬入りとかいうローションのせいだろうか。いつも使われているそれが、じくじくと粘膜に染み込んで熱を生むような錯覚を覚えさせた。

「は、ッく、ぅ……ん!」
「ああ、お兄さんはココが気持ちいいんだね」

 長い指が前立腺を掠める。腰がびくついたせいで、この男は俺のいい所が分かってしまったらしい。そこをしつこく弄られて、声が抑えきれなくなりそうなのを堪えた。昔の男にトイレで犯された時のような、えもしれぬ背徳感。声出したらバレちゃうよ、という悪戯っぽい声色のそれが幻聴のように頭に響いて、ふるふると頭を振った。馬鹿らしい。昔の恋人にいつまでも執着しているなんて。

「んぅ、ッぁ……、」

 指が増やされる。ローションが足されて、グチュグチュという水音までもが聞こえて。わざとだとはわかっているのに、どうしようもないくらい恥ずかしい。こちら側からスピーカーを切れない店のシステムに死ぬほど腹が立つ。なんで今日に限って、初めての客であるこんな男に調子を狂わされてるんだろう。
 尻の穴から零れたローションが太ももを伝う感覚すらもぞくぞくと微弱な快感を生む。不意に、ぐちゅりと前を扱かれて、あっと高い声がこぼれる。ローションでぬめる手のひらに包まれて、必死に枕を握った。その間にも尻の穴は掻き回されていて、まだ後ろにちんこを突っ込まれた訳でもないのに快楽から逃げようと勝手に身体が動く。

「ひ、ッゃ……ぁ、ッ!」

 いやだ、やめて、といいたいのをどうにか抑える。それをわかっているかのように、壁の向こうの男は笑って手の動きを早めた。イッていいよ、と笑み交じりの声が聞こえて、その言葉に誘発されるかのようにびゅく、と精液が吐き出される。尻の穴での快感で高められた身体はあっという間に絶頂を迎えた。は、は、と絶頂の後の余韻に息を整えようとしていると、止まっていた手がまた動き出す。

「ぁ、ッあ……! ゃら、ァ……!」

 声にならないような声が上がる。先程抑えようと思っていた拒絶の言葉が簡単に唇をすり抜けていった。絶頂直後のちんこを扱かれ、ケツの穴は指を増やされて前立腺を擦られ。口が回らなくなってきて、いよいよやばいと思い始める。タイマーを見てみると、まだ30分も経っていない。この客は間違いなくこのまま時間いっぱい俺を嬲るだろうし、このまま何度もイカされるのも、かといってちんこを突っ込まれるのもどちらも辛い。

「もっと≠ナしょ?」
「ひ、ッも、っと……、して、くらさ……ァ、」

 どうにか、きもちよさに支配されつつある脳みそで相手の言葉を理解する。鸚鵡返しのように繰り返し、望みもしない快楽を強請るのも慣れたものではあったが、その後に続いた「お強請りできるくらいの余裕はあるんだね」という冷たい声色に、ぞくぞくと寒気がした。まさか、これ以上のことをしようとでもいうのだろうか。余裕がある訳ではなくて、はやくその手を止めてほしいだけなのに。
 ずるり、といつの間にかぐずぐずに蕩けた穴から指を引き抜かれ、やっと快楽から解放される。どうにか息を整えようとして、ぐいと腰を掴まれる。

「ねえ、せんぱい?」
「……ッ、!?」

 聞きなれた甘えるような声色に、体が跳ねる。まさか。ぐずぐずのそこに、熱いほど滾ったちんこを擦り付けられて泣きそうな気持ちになる。

「ずーっと先輩のこと、犯したいって思ってたんですけど」
「こた、ろ、……ッん、っあ、あ……っ!」

 やっと、聞き覚えのある声の正体であろう男の名前呼んだ。途端、ずぶり、と遠慮なく奥まで侵入してくるそれ。もう、声を抑えられそうにはなかった。たしかに、虎太郎の低い普段の声なんて、聞くことがなかったかもしれない。そうじゃなくて。俺のことをどう思っていたかが重要なんだけど。

「足、がくがく震えてるけど。こんなんで毎日何人も相手できるんですか?」

 すこしからかうような口ぶり。しかし俺は小刻みに揺らされるそれからくる快楽を耐えるのに必死で、言葉を返すことはできなかった。「先輩に敬語使われんのも、すっごいドキドキしますね」先程のことを掘り返されたことに反論する間もなく、入口まで引き抜かれたかと思うと、一気にぐちゅん、とさらに奥まで大きな質量が押し入ってきて、じわりと感情とは関係なく涙が溢れる。

「は、ッあ、あ゛、らめ、ッこた、こたろ、ッ!」
「っていう割には、俺のちんこ欲しいよって締め付けてくるんですけど」

 ね、部長?、昔の呼び名で呼ばれるとどうしようもなく背徳的でいけないことをしているような気分になる。もう下半身には力が入らなくて、されるがままに中を犯されていく。

「部長って此処に赤い痣、ありますよね。気づいてないと思ってた?」

 知り合いが来たらばれちゃうんじゃないかとか思わなかったんですか、と笑いながら片足を持ち上げられて内股を指先でくすぐられる。そんなところ見てるやつなんて早々いねえよって言う余裕は、もちろんない。ただ男に媚びるような声をこぼして、こいつを悦ばせることしかできない。

「ひ、ッん、ぁっらめ、ッいく、ぅ! や、ッ、ぁ……!」

 射精を伴わない絶頂。女のように中の快楽だけでイかされて、しかし止まることを知らぬ律動に絶頂直後の敏感な粘膜が嬲られて、喉がひっと音を立てる。ぐっと俺の身体を分ける壁を押しても俺の身体が抜ける訳もなく、無駄な抵抗と共に快楽だけが内側に溜まり、スピーカーから聞こえる虎太郎の笑い声すら耳の中まで犯していくような気がした。

「っん、ぅ゛……ッあ、ぁっ! こた、ろ……ッおれ、いってる、から……!」
「食いちぎられそうなくらい締まってるから、そんなこと言われなくてもわかるよ、先輩」

 気持ちよすぎて辛いんでしょ?、と優しく尻臀をなぞられて、それすらも性感帯を触られているかのように気持ちよかった。むしろ、こいつが言う通り気持ちよすぎて辛い、という方が正しいか。不規則に体が痙攣するのをもう俺の意思ではどうしようもできない。
 
「は、ッあ、あ……! ら、っめぇ、おく、あつ……ッ、とけるぅ、」

 亀頭が奥へ奥へと割り込もうとしてくるのがわかる。腰を引こうとしても、壁と虎太郎の手に阻まれて叶わない。奥まで暴かれていくのが恐ろしくて、ぼろぼろと涙が零れるのを我慢出来なかった。腰骨を痛いほどに掴まれてがつがつと貪られるように突かれ、女のような声が口からひっきりなしにこぼれ出る。

「……あ、っと。時間かぁ、」
「ひ、ッ……は、ぁ、」

 けたたましくアラームが鳴る。それと共に止まった律動。ぼんやりとした頭で、おわった、と思う。

「延長なさいますか?」
「ああ、お願いします」
「少々お待ちください、確認を取りますので」
 
 がちゃりとスタッフがブースに入ってきて紡がれた言葉に、目眩がしそうになる。これ以上は無理だ。延長OKですか、という小さな声に、壁にあるスイッチを一回押せばノー、2回押せばイエス。震える指先をボタンに添えて、かち、かち、とゆっくり、2回押し込んだ。

「それではごゆっくりお楽しみください」

 スタッフが出ていく。辛いほどに気持ちいい快楽、それをこれからまた与えられるのだという期待と恐怖。この男に抱かれるのはまるで好きな男に抱かれるかのようで、触れられるところすべてが熱を持つ。

「……俺に犯されたいってとっていいんですよね、これ?」
「ッん、ぅ……あ、ッあ……ッ!」

 あまりの快楽に声すらもまともに出なくて、脳みそがどろどろに溶けてしまうような気さえする。すこし余裕なさげな虎太郎の息遣いがスピーカー越しに聞こえて、どうしようもなく興奮する。

「俺のちんこの形覚えるまで、何回でも突いてあげますよ、ココ」
「ッん、イ、ッくぅ、きもちい、ッも、とまんな、ッ……!」

 どちゅどちゅと重たい水音、止まらない連続絶頂に壊れた思考回路がきもちいい、とだけ訴えかけてくる。男から与えられる快楽しか考えられなくなった身体が奥へ誘い込むように収縮していやらしく蠢いた。指先がシーツを掻いて無意味な抵抗を繰り返し、なにも考えられなくなる。

「おく、ッらめ、ッあたま、おかしくなる……ッこた、ろ、っ!」
「ね、せんぱい、中で出してい?」

 亀頭がごりごりと遠慮なく奥まで進んでくるのを止める術など俺にあるはずもなく、強請っているようにしか聞こえないと虎太郎に揶揄されてもどうしようもできなかった。中で出していいかなんていう問いも正直野暮だと思ったし、どうせ嫌だと言ってやめる男なんていやしない。

「ん゛、ッらして、ぇっこたろ、のせーえき、ほし……ッ……!?」

 だからといって本当にやめてほしいと思うほど俺が清廉潔白な人間であるはずもなく、奥まで熱い精液を注いで欲しいのは当たり前だった。久々にこんな頭がおかしくなるくらい気持ちいいセックスをしたせいか、恥ずかしい言葉が口から溢れる。
 小さい虎太郎の含み笑いのようなものが聞こえて、ただでさえ激しかった律動が更に早くなる。ぱんぱんと獣のように腰を打ち付けられて、俺がもう何を口走っているかなんてわからなかった。どくどくと虎太郎の精液が流れ込んでくる感覚が、尻の中だけではなくあるはずのない子宮まで犯されていくような気がして、そこで記憶がぷつりと途切れた。





片想いでなんて終わらせない



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