「お前さあ、女のコの前でもそうやってセックスの後に煙草吸ってるわけ?」
「だとしても君に関係あるかい、それ」

 はあ、と溜息を吐いて気怠い身体を窓際で紫煙を燻らせる梓の方へと向ける。外に向けられた顔の表情はこちらからうかがい知れなかった。
 俺たちの関係はと問われれば、どう間違っても恋人の括りには入らない。かと言って、セックスフレンドなのかと言えばそれも違う。普段も連絡は取り合うし、むしろ今日だって居酒屋で軽く呑んで、終電が無くなってなんとなくの流れでラブホに泊まってセックスしただけ、というか、してしまったというべきか。愛とも恋ともつかないそれは、かといって友情で済ましてしまうには重すぎる。名前をつけてしまえば戻れなくなるような、禁忌の扉の一歩手前のような危うい関係。

「お前っていきなりセックスになると淡白だよな、出すもん出してるくせに」
「当たり前だろう、僕だって人間なんだから性欲くらいあるさ」
「そういう話じゃねえって」

 事後特有の気怠い雰囲気に包まれた、しかし濃密というには烏滸がましいような空間。外から視線を外した梓がベッドの方へと歩み寄ってきて、ぼふりと空いたスペースへと腰掛ける。バスローブを羽織っただけの格好は男の俺から見てもどことなく色っぽい。無造作に結ばれた腰紐が意味を成さずに肌蹴た胸元から覗く胸板、先程までもその前も、腐るほど見たものであるのに違いはなくても、がっつり見えてしまうよりも控えめに覗いたものの方が興奮してしまうのは仕方の無いことだ、多分。

「……なんだ、遥稀は僕に女の子にするみたいにどろどろに甘やかされたいってこと」
「そんなことは誰も言ってねえけど」

 女の子には優しくするわけだな、と思うより先に、俺の手にさも当然のように煙草を押し付けてきた梓に、怒りとかよりも前に驚きが飛び出てうわっと声があがった。そうして、肌が灼ける痛みが伝わってきて慌てて手を引っ込めてもう片方の手で自分の手の甲を庇う。吸殻を灰皿に捨てた梓がこちらへ向き直ったところでじわじわと怒りが湧いてきて、おい、と思わず声を荒らげた。灰皿あるのに、というか無くても普通人の手で消そうなんて思わねえだろ。

「……ッ、おい、梓」

 荒らげた声は、2度とも無視された。女なら確実に見惚れるような柔和な微笑みが逆に不気味で、ぞわりと肌が先程までの情事で与えられた快楽とは別の、恐怖じみた何かで栗立つ。
 するりと頬から首筋まで細い指先が滑り、否応なしに指へと視線が移った。意識するとなんだかなんてことない動きなのに気持ちよくなってしまうような気がして、慌ててその手首を掴んで体から引き剥がす。いつもはピロートークの欠片も無いくせに、唐突に始められた情事後らしいそれに頭が混乱する。しかも、前の行動との関連性がないような甘ったるい空気。じくじくと煙草の火が押し当てられた部分が熱を持って疼く。
 不意に手を取られて、身体が強ばった。それに気にかけた様子もない梓の顔が手の甲へと近付き、ちゅっと軽いリップ音を立てて接吻が落とされる。赤く色付いたそこを労わるようなキスは、ちくりとした微かな鋭い痛みと、ちりちりと小さく燃え続ける種火のような緩やかな快楽。混ざり合ったそれはどこか心地良いようで、不快だった。慣れない感覚というのはどうにも好きになれないが、それも最初の内だけ。そこまで考えてあほらしくなる。煙草の火を押し付けられて、且つそこにキスをされる状況なんてそうありはしない。

「これ、多分、水脹れになるね」
「そう思うなら最初からやるなって」

 くすり、と楽しげに微笑む梓の手の中から腕が解放されて所在無くふらりと宙を数秒彷徨う。ベッドに落ちた腕には興味のなくなったらしい梓が、ぐっとベッドに乗り上げて俺の上にのしかかろうとした拍子にがたんとベット際に置かれていたゴミ箱が倒れた。おもわずそれに意識が向いて、視線を投げる。腹に出た精液を拭ったがびがびになったティッシュに、そして使用済みの精液入りコンドーム、とばらばらと零れてきて思わず笑ってしまった。梓の耳障りの良い中性的な声と、俺の少し低い声が重なる。態々直すのも面倒なのか、そのまま俺の身体の上に自分の身体を乗せてきた梓にうっとわざとらしい声を漏らしてやる。少しだけ身体を浮かせた梓に、今度こそほんとうに唇同士を重ねられた。煙草くさい息が漏れるのが、女の前では煙草も吸わずにちゅっちゅいちゃついてるんであろうこいつの素の部分を見た気がしてなんだか威張りたいような気分になる。素の部分と言ったって良い部分と悪い部分があるだろうに、そんなことを考える時点で少なからず梓に俺が絆されていると思うと少しだけ笑えた。

「ん、……ふ、」
「遥稀さ、結構キス下手じゃない?」
「……喧しいわ」
「そんなに遊んでそうな顔してるのに、意外と純情なの」
「お前こそそんな人畜無害みたいな顔して人の手に煙草押し付けるとか詐欺だろ」
「やっぱりギャップって必要だと思うんだよね、僕」

 キスの後に小さく糸を引く唾液というのも中々イイものだけれど、俺はそれよりも最中の息苦しさの方が好きだった。酸素を奪われるような、二人で酸素も吐き出された二酸化炭素までもを共有するような、そんなキス。唇から境目がなくなって、どろどろのシチューみたいに溶けてしまって一つになってしまえばいい。
 悪びれた様子もなく笑った梓の鼻先が俺の鼻先に擦り付けられて、くっとおかしそうに細められた瞳と視線が交わる。

「セックスし足りない」
「……若いって言うのはイイコトだな」

 耳元に流し込まれた熱い吐息に微かな声で乗せられた言葉に呆れ半分、しかし否定することはできずに笑み混じりに言葉を返す。君も同じ年だろう、と少し追及するような口振りに間違いねえな、と一言だけ返して目の前にある身体を自分の下に組み敷いた。

「ふふ、しゃぶってくれるのかい?」
「お前その顔と話し方で下品なこと言うのやめろよ」
「セックス、フェラ、他の言い方なんてないだろう」
「……奉仕、とか?」
「逆にそっちの方がいやらしいと思うけどな、僕は」
「男同士で下ネタ言うなっつーのも変な話か」
「身も蓋もないこと言わないでほしいな」

 バスローブの裾から手を突っ込んで梓のグレーのボクサーパンツのウエストゴムに指をかけ、力を入れたり抜いたりしてびよんびよんとゴムを伸ばしながらくだらない会話を繰り返す。もうほほ意味を成していないバスローブの腰紐の端を銜えて、ぐっと引っ張って解いて、下着越しにちゅっと梓のそれに軽いリップ音を立てながら接吻を落とす。

「嗚呼、そうだ……遥稀は僕がセックスで淡白なのが気に入らないらしいね」

 不意に、熱っぽくなった声色。何かが違うと思う前に続いた言葉は、女のコにしてるみたいにしてあげようか、という提案。

「……うん」
「遥稀」

 肯定の言葉に、甘く蕩けるように微笑んだ梓が甘ったるい声で俺を呼ぶ。くすぐったいような、聞いたことのない話し方がなんとなく心地よいようで、こんな風に今までの恋人に接していたのだと思うと妬けるな、とそこまで考えたところでさあっと頭が冷えた。男同士だなんていうことは溜息をついてしまう程には今更な事実であるけれど、こんな風に好きな女にするみたいに接されて喜んでいるだなんてひどく滑稽な気がする。俺も梓も、恋愛対象は女であったはずなのに、いつからこんな関係になってしまったのかなんてきっと俺達でさえもわからない。そっと握られた手の甲に梓の指が食い込んで、じくじくと鈍い痛みが燻る。まるでこの関係を断ち切れない俺たちのようにそこに留まる痛みが、愛おしいようで憎らしい。





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