空想女とテレパス上司@


「今日カラ、コノ星ハ我々、スパトクオ人ノ配下トナッタ」

この世のものとは思えない悍しい姿をしたもの。濁った青色の肌。吸盤の付いた長い触手をくねられせながら、その尖った口先から、地底から響くような笑い声を漏らした。
 
七月四日。その日、人類は思い出した。

この地球という箱庭に閉じ込められていた事実を。そして、奴らに支配されていたという屈辱を。


「ふざけるな!この星は俺たちが守る!」


絶望の断崖に追い詰められた人々の中、一筋の光が差し込む。その光の中に現れた男。瞳に熱い抗いの炎を孕めている。そんな彼を一瞥すると、宇宙人はフッと鼻で笑うような仕草を一つ与えた。

「小癪ナ……。オマエ一人デ、何ガデキルトイウノダ」
 
劣等民族共ゴトキガと嘲笑うスパトクオ星人に男は首を振り、得意げに口元に弧を描く。

「一人じゃないさ。行くぞ、みんな!」

彼の呼びかけに背後から二人の男女が現れる。

「言われなくとも分かっているさ」
「ええ。もちろん準備は万端よ」

三人が肩を並べ、今ではすっかり見かけなくなったガラパゴス携帯を取り出すと、変身!と勇ましい声を上げる。

「数ハ増エタトコロデ、貴様ラに勝チ目ナドナイ。腹ノ肥ヤシニ……」
「それはどうかな?くらえ!たこ焼き器!」
「グギャァァァァ!」


◆◇◆


うぐきゃぁぁぁぁ、会社行きたくないよー。


電車に揺られながら、頭の中で繰り広げる今朝の妄想。

『怪人スパトクオ星人vsたこ焼き戦隊ヤクンジャー』

頭の中でバーンと壮大なBGMと共に、そんな題名が黒画面をバックに浮かび上がる。

あーあ。インデペンデンス・デイみたいに地球が謎の生命体に占領されないかな。戦隊ヒーローが現れないかな。スパトクオ星人が巨大化して、そんでヒーロー達が巨大ロボットで出撃して、街を舞台に戦いを繰り広げないかな。あわよくば、会社も壊してくんないかな。


それにしても青いタコとか美味しいのかな。


私の名前はユウ。趣味、妄想。

昔から一人でいることが多かったせいか、想像力は人一倍豊かで、暇があったら、何かしら妄想をしている。
一段と会社に行きたくない週始めの月曜日には謎の悪の組織に会社をジャックさせたり、ゴジラにオフィス街を暴れまわせたり。上司に何かを言われたら、お小言中に手の中で回しているボールペンは本当は変身道具で会社が終わった後、魔法少女プリンセスカノンとして困っている人達を助けているという妄想をしたり。

……いや、迷惑かけていないし別にいいかなって。世の中を見てみなよ。殺人だの、強盗だの、ロリコン趣味だの。カオスな世の中になっているじゃない。誰でもいいから殺したかった、なんて言うとんでもない趣味を持った人達がざらにいる。

それに何より、妄想はタダ。無料だ。
費用0円の素晴らしい趣味じゃないですか。そうは思いません?高い靴やバックにお金をかけたり、株や競馬にお金を投じたりするよりかは断然良いと私は思う。もっと、広まれ妄想趣味。

あーあ。今乗っているこの電車が悪の組織に占領されないかなあ。


◆◇◆


結局、悪の組織も宇宙人も現れることなく、朝礼が始まった。ああ、今からでも窓ガラスを打ち破って二人組の覆面男がやって来てくれないかな。そう、こんな風に―――

妄想劇場開幕のブザーが鳴り響く音がした。


がっしりとした体型の男は大場課長を人質に取ると、顳に拳銃を突きつける。悲鳴を上げる女性社員達。


『大人しく手ぇ挙げな。さもなければ、こいつの頭に赤い薔薇が咲くことななるぜ』
『赤い薔薇?どうしちゃったんすか、兄貴』
『うるさい!お前には文学的な感性というのが無いのか!』
『いや、中年オヤジの臭い頭に薔薇を咲かせても需要なんてありませんって。というか、頭の上に花とか。そんなのただのピクミンじゃないすか』


くさピクミンはお酒好き。だけど口臭い。絶対連れていきたくない。ついて来ないで。社長が乗ったダイオウデメマダラに食べられちまえ。

そんなしょうもない歌を心の中で作詞作曲していると、誰かに肩を叩かれた。ハッと我に帰り、振り返ると上司のリーチさんと視線がぶつかった。

リーチと言ってもこの会社には二人おり、目の前にいる穏やかな笑顔を浮かべているのはジェイド先輩。もう一人は彼の双子の兄弟でちょっとばかし癖のあるフロイド先輩。二人とも私の上司で何でもテキパキと仕事熟す(フロイド先輩に至ってはその日の気分でだいぶ変わるのだけど)。そして、おまけに女性社員にめっぽうモテる。この前のバレンタインとか凄かったもん。漫画でしか見たことがないよってレベルに。


それにしても、いやあ、今日も大変麗しゅうございます。
私の妄想の中での先輩は郊外にある立派なお屋敷で働く執事。

舞台背景としては十九世紀頃のイギリス。
礼儀正しく、非常に優秀な若き執事なんだけど、本当は裏で悪魔崇拝をしているという二つの顔を持った設定なのだ。

その優しい眼差しの裏には数々の生贄にされた人達の断末魔やもがき苦しむ表情を幾たび耳や目に焼き付けてきたのだろうか。

蝋燭を建てた床に動物の血で魔法陣を描く。
そしてその前で悪魔召喚の呪文を唱える。多分、こんな感じかな。



『ホンジャラジャラシャラナンダラホイホイ……。黒き漆黒の闇の地より召喚されし者、さあ、今こそ我の前に姿を現したまえ……!』

 現れたのは中年小太りの悪魔。ビジュアルは大場課長かな。

『お前か。ワシを呼んだのは』

高圧的な態度を示す悪魔に彼は怯えることなく余裕な表情を浮かべる。

『ええ。そうですとも』
『ほう……。今晩はどんな生贄をワシに捧げてくれたのだ?』
『こちらでございます』

差し出したのはヤクンジャーに負けたスパトクオ星人。

『え、何やこのブッサイクな生き物。触手プレイはキツいわ。ワシはもっとなうでヤングな姉ちゃんが欲しいわい。ほな、さいなら』