ついていない人2


「ジェイド先輩!」


待ちに待った救いが来たと、私を拘束してくる腕からするりと抜け、ジェイド先輩の後ろへと隠れれば、穏やかな笑顔を向けられる。彼はフロイド先輩の双子の兄弟で副寮長でもある。
物腰が柔らかく、紳士的でまるで王子様のような人で、困ったことがあると、よく親切にしてもらっている頼れる先輩だ。
対するフロイド先輩は「あ、逃げられた」と舌打ちまじりの不機嫌そうな声を上げ、眉をひそめた。


締めていいかと聞かれて、「はい、喜んで!」と答える人がどこにいるというのだろう。まあ、世の中色んな人がいるから、中にはいるのかもしれないけれど、一般的に考えて、自ら恐ろしい目に逢いに行こうだなんてする人はまずいない。少なくとも私は。


「またユウさんを追いかけ回していたのですか?あまり、困らせてはいけまけんよ」
「別に困らせてないよ。抱き締めていいか聞いていただけだって。ねえ、そうだよねぇ?」
「ああ……まあ、そう……」


肯定もしたくない。だが、否定すればどんな結末が待っているだろうか。怖くなった私は間を取り、あやふやな返事をせざるを得なかった。が、先輩は言葉を濁す私の返答が引っ掛かったようで、「さっさと答えろよ」と両頬を掴み伸ばされる。
両頬が痛いのはもちろんだが、何より首が痛い。
高身長でいらっしゃるものだから、こうやって見上げながら、話をしているのだが、首が痛くて痛くて仕方ない。


「なんかぁ、ヒラメちゃんと話すようになってから、スゲェ首が疲れるんだよね。なんでだろ」


大げさに首を回したり、揉むフロイド先輩に私のメンタルはグサッと音を立て切り裂かれた。
物事をどストレートに言う先輩にしては珍しく周りくどい言い方をしてきたが、つまりは、「お前はチビだ」というニュアンスが含まれているのだろう。

そりゃあ、人並外れた身長の持ち主からしてら、たとえ平均身長はあったとしても、小さく見えるでしょうね。あまりそういうことは言わないでくださいよ……と思っているや矢先、今度はジェイド先輩が口を開いた。


「奇遇ですね。僕も最近首の痛みが酷くて」
「へぇー、ジェイドも?」


グサグサっと今度は胸を切り裂く音。
ジェイド先輩……!優しい先輩はそんなことを言わないと思っていたのに!うううっ……と見えない涙を飲む。
やはり、兄弟。血を分けただけあるのだろうか。


「金魚ちゃんのときも疲れるんだけどねー。ヒラメちゃんはもーっと疲れる」


先輩には海の生き物に因んだあだ名をつけるという変わった癖がある。例えば、錬金術の担当であるクルーウェル先生。いつも白と黒のストライプのコートを着ていることから、イシダイ先生。幼馴染みのリドルくんは怒ると顔が赤くなることから、金魚ちゃん。

そして、私の場合はヒラメ。
消しゴムを落としてしまい、床を這って探しているところを偶然先輩に見られ、「ヒラメみたい」と一言。以来、ヒラメちゃんと呼ばれている始末。

といった具合に、適当にあだ名をつけている訳ではないはしい。だが、何と言えば良いのだろう……つけられるとしたら、もう少し良い名前が良かった(普通に呼んでもらうのが一番だけど)。


「ねえ、まだぁ?ギュッとしていいかダメなのかさっさと答えてよ」
「その話題、まだ続いてたんですか?!」