雑愛女1


「私もあだ名が欲しい」

いつもと変わらない昼下がり。
いつもと同じように中庭にあるベンチでいつもと同じハムサンドを食べながら、いつもと同じように芝生で寝転がる幼馴染みに向かって呟けば、左右で異なる瞳が瞼の狭間から薄っすらと姿を現した。

無造作に頭を摩りながら起き上がると、「んだよ」とこれまた気怠そうに欠伸を一つ。独り言も同然な声量だったのに。恐ろしい地獄耳の持ち主だ。魔法薬によって姿形は人間の見た目をしているが、元は人魚。

あれだろうか。

イルカやクジラといった海の生き物が使う特殊な音。人間の耳では到底聞き取ることのできない音波を聞き取り、会話をする……えっと、ああ、そう超音波。

昔、父さんの書斎で読んだ図鑑にそう書いてあったのを思い出した。人魚が使うのかどうかは分からないが、その影響で耳が良いのかな。

どうなんだろう。ううんと考え込んでいると、ドカッと音を立て、隣に座ってきた。そして、また欠伸を一つしては、頬杖をつく。直接口には出さないが、「さっさと用件を言え」といった意味合いが含まれているものだと察した。


「いや、そんなに大したことじゃないんだけど。フロイドって、色んな人にあだ名つけているじゃない?金魚ちゃんとかイシダイ先生とか」
「あー、うん。で?」
「私もそういったあだ名に憧れるなあって。だってほら、エレメンタリーもミドルもずっと苗字かそのまま名前で呼ばれてきたものだから、なんだかいいなって」
「ふーん。じゃあ、ユウもそーゆ風に呼んであげようか?」
「え、マジ?」


そう聞き返せば承諾するかのように口角を上げた。
おお、まさかの展開。てっきりフロイドのことだから、「気分が乗らない」とか「ダルい」とか言ってはぐらかされるかと思っていたが、試してみるもんだ。

どんな名前をつけてくれるのだろうとウキウキしながら、待っていると、突然私の顔を舐め回すようにじいっと眺め始めた。
いったい何をそんなに見る要素が……。
距離をつめてまで、見つめてこられるものだから、変に緊張してしまう。これが少女漫画のシーンとかだったら、間違いなく恋に落ちるシーンなんだろうけど、どう足掻いても論外。


「ニュウドウカジカ」
「にゅうどうじかじか……?にゅうどう……じか?」

なんて言いにくい名前なんだ。
フロイドの口から出た聞き慣れない名前にうまく舌が回らないでいると、「あはっ、変な顔。全然言えてないし」とケタケタと笑って、もう一度ゆっくりと言ってくれた。いつも通り、私はそれに「うるさいな」と口を尖らせながら返す。


「ニュウドウカジカ……。へえ、めっちゃかっこいい響き!おまけに深海魚とかロマンがあっていいじゃない……!」