天井から吊るされた色彩豊かな煌びやかな照明。規則正しく配置された光沢のある合皮のソファにテーブル。背後にはガラスで出来た大きな水槽があり、その中を小さな魚たちが悠々と泳いでいる。絢爛さの中にも何処か安らぎも感じる空間がそこにあった。
「ここがモストロ・ラウンジ……」
ここは本当に学園内の施設なのだろうか?ましてや、生徒が運営しているとはとても思えない。
想像していた以上の大波にボケっと突っ立ていると、声を掛けられた。振り返るとそこには、中折れ帽にボウタイ。皺ひとつないジャケットにストールと畏まった格好の先輩が微笑んでいた。
うわ、大人っぽい……。
つい数か月前までは自分と同じ学年だったとは信じられない。
実年齢と彼を取り囲む雰囲気が吊り合っていないというか。自分のちっぽけな脳では上手い表現が思いつかないが、一番近い言葉で表すのであれば、妖艶や艶っぽいと表すのが妥当だろう。
思わずじいっと見つめていると、ばちりと視線がぶつかった。
「ああ、どうも。こ、こんばんは。良いお店ですね」
目が合ったからには何か言わなければ。流石にスルーは失礼だ。そう思って行動に移そうとしたところまでは良かったのだけど、どういうわけか、口から漏れたのはそれだった。
馬鹿、違う。
そこは、「先輩、お疲れ様です」って言わないと。
ちらりと先輩のほうを見やれば、きょとんとした表情を浮かべている。しまった。しでかした。やらかした。
絶対、変な奴だと思われているに違いない。聞こえる。先輩の心の声が聞こえてくる。
そんな取り返しのつかない出来事に悶えていると、先輩はフッと息を吹きかけるように笑い、「こんばんは」と返してくれた。予想だにしなかった反応に、あっけらかんとしていると、先輩は再び、口を開いた。
「お久しぶりです。こうして話すのは入学式以来でしょうか」
「そうですね。かれこれ、一週間ぶりかと」
先輩は久しぶりだと言ったけど、こちらとしては、双子の片割れであるフロイド先輩に会ったばかりなので、あまり久しいといった感じがしない。
「ここでの生活には慣れましたか?」
「はい、なんとか。人並みには歩けるようになったかなって感じです。でも、先輩たちのように自然に歩くことはまだまだ難しいですが」
「いえ、十分ですよ。お恥ずかしい話ですが、僕なんて去年の今頃はまともに立つことすらできなかったのですから」
その落ち着いた優しげな声についさっきまでしがらみ付いていた煩わしさが跡形もなく消えていく。
それにしても、先輩にもそんな時期があっただなんて想像がつかない。自分だけじゃなかったと安心すると同時に、まだ陸の生活に慣れていない頃の先輩をちょっと見てみたい気もする。
「おっと、失礼。こんな所で立ち話に付き合わせてしまいましたね。お席の方へご案内します」
「あ、違うんです」
先輩の背中に向かって呼び止める。
「今日は食事をしに来たんじゃないんです。ある人から、ここの支配人の方が何でも願いを叶えてくれるって教えてもらったんです。今日はその人に相談があって」
これで通じるのだろうか。少し不安になりながらも、固唾を飲み、返事を待つ。
「―――成程。だからあんなことを……」
口元に指を添え、くくくと喉の奥で鳴らすように笑う。
何が可笑しいのかわからず、ただ茫然と眺めていると、先輩は怪しげに目を細めた。
「そういうことでしたら、ご案内致しますよ。さあ、こちらへどうぞ」