新学期パニック!



目が覚めたら、見慣れない光景が飛び込んできた。
覆い被さっていた布団を跳ね除け、上半身を起こし、辺りを見渡す。徐々にではあるが、ぼんやりとした視界が鮮明になっていく。

梁が剥き出しになった開放感のある天井に吊るされたモザイク硝子でできた橙色のランプ。
おかしい。私の部屋はこんなに天井は高くないし、こんなに小洒落たランプなんてぶら下げられていない。
 
「ここは……」
「目が覚めたか」

記憶の引き出しを当てずっぽうに漁っていると、何処からともなく声がした。
その声に反射的に振り返えると、白黒と左右の髪色が異なった背の高い男の人が入り口の扉に寄りかかっていた。白黒なのは髪だけでなく、ベストやコートにまで浸食している。

よっぽど、白と黒が好きなんだなあ。
それにしても、一体、何処に行けば、そんな服が売っているのだろう。オーダーメイドとかかな。
 
と、完全に見入っていると、その人とばちりと視線がぶつかった。

「どうした、そんなに見つめて。何か顔についているか?」
「ああ、いえ!何でもないです」

気にしないでくださいと大袈裟に手を胸の前で振れば、男の人は少し、不思議そうな顔をしながらも、「そうか」と流してくれた。
いけない。いくら、珍しいからってジロジロ見るもんじゃないでしょ、わたし。ましてや、初対面の人に対して。
 
戻れるものなら、ベッドの中で目が覚めるところに戻りたい。とほほ、と一人勝手に項垂れていると、男の人が口を開いた。


「俺はデイヴィス・クルーウェル。お前の担任をすることになった。そして、ここは医務室」
「医務室?どうして、そんなところに……」
「まさか、覚えていないのか?式典中にあんなに派手にぶっ倒れておきながら」

腕組みをし、少し呆れまじりのため息をするクルーウェル先生。特別悪い事をしたつもりは無いのだけど、そこまで深刻そうにため息をつかれてしまったら、なんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。

何処となく肩身が狭く、縮こまっていると、先生は頭からすっぽり抜け落ちた空白の出来事を全て話してくれた。


◆◇◆


今から遡ること、数時間前。
ここ、名門魔法士育成学校・ナイトレイブンカレッジでは新入生を迎える式典が行われていた。開校以来、男子のみの入学を貫いてきたナイトレイブンカレッジだが、時代の流れというのもあり、今年度から女子の受け入れを始めた。

男子校だからと諦めていたモニカにとって、まさしく朗報であった。しかし、名門と謳われるだけあり、簡単に入れるものではない。飛びぬけて頭が良いわけでもないし、どん底レベルで頭が悪いわけでもない。所謂、ザ・アベレージである彼女がその学校を受験すると言った途端、周囲は無謀だと口を揃えた。

四方八方から、散々な言葉を浴びせられながらも、一年間に渡る猛勉強を続け、晴れて合格への切符を勝ち取ったのだ。

初めは地元の学校へ進学すればよいと言っていた過保護な父親も娘の合格には舌を巻き、大喜びした。しかし、ナイトレイブンカレッジは全寮制のため、モニカは生まれ育った故郷を離れなければならなかった。

 
憧れの制服の下に期待と不安を隠しながら、モニカは他の新入生と共に式典に参加していた。
寮分けのため、在校生や教師が見守る中、鏡の間へと集められた新入生たち。物音一つたりとも許されない、厳かな空気の中、一人の生徒が倒れた。言うまでもないが、その生徒というのが、モニカ。

いつもなら日付を跨ぐ前に夢の国へと向かう彼女だが、入学式が楽しみで、ようやく眠りについたのは明け方の四時。そんな時間に眠ってしまったわけだから、目が覚めたときには開会式が始まる三十分前。
 
急いで制服に着替え、なんとか式典に間に合ったわけだが、当然ながら、朝食をとる時間などなく、大勢の前で倒れてしまい、医務室まで運ばれ、目が覚めた今に至る。


◆◇◆


先生が一通り、話してくれたけど、そんな記憶、微塵も欠片もない。言われてみれば、式典中、何だか頭がぼうっとして、くらくらと目眩に襲われたような気もするけど、まさか、そんなことがあったとは。

「すみません。大事な式典中にご迷惑をお掛けしてしまって」
「なに、そんなに謝る必要はない。慣れない環境で体が対応できなかったのだろう」

何をともあれ、無事でよかった、と先生は頬を緩ませた。
意外。冷徹で厳しそうな人だと思ったけど、案外、笑うんだ。

その朗らかな笑みにギャップ萌えなるものを感じるのも束の間。学園長が呼んでいるから、落ち着き次第、学長室に行くよう告げられた。何やら、寮分けのことで話があるらしいのこと。

「本当は連れて行ってやりたいのだが、生憎、五時から職員会議があってな。悪いが、一人で行ってもらえるか?」

でも、学長室が何処なのかわからなくて。とこちらが口を開くより前に、胸の前に差し出された少し古びた紙。

「この学校の地図だ。余程、方向音痴じゃない限り、まず迷うことはない」

それだけを言うと、先生は早足で医務室から去って行った。

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