「で?ヤドカリちゃんは願いを叶えてほしいの?ほしくないの?どっちなの」
「えっと、今日はあくまで相談をしに来たわけであって。その、必ずしも今日決めるとか決めないだとかじゃ……でも、せっかくここまで来たんだし、それにわざわざお忙しい中、お時間を割いてもらっているから―――」
「はっきりしてよ。オレ、優柔不断なヤツが一番嫌いなんだよね」
「……す、すみません」
「声が小さい。なんて?」
「すみません、と……」
「はあ?なんで謝んの。まるで、意地悪してるみてーじゃん」
いや、違うんですか?と本当ならば言い返したいところだが、そんな立派な度胸もなく、肩を縮こませる。ふと、膝の上に置いた拳を見やれば、まるで痙攣を起こしているように小刻みに震えていた。
今すぐに帰りたい。こんな付き人がいるなんて聞いていない。
てっきり、支配人と依頼人の一対一で話せるかと思っていたのに、想像と全然違う。はっきり言おう。ヤのつく自由業の拠点に来てしまったようだ。
あの後、先輩に今いる部屋に案内されたわけだが、そこには支配人だけでなく、わたしをここまで導いてくれたフロイド先輩の姿もあった。
彼はわたしを見るなり、獲物を見つけたと言わんばかりの笑顔をぶら下げながら、ヤドカリちゃんだ〜と不名誉なあだ名を一言。
もうその時点で逃げようかと考えた。
だけど、それじゃあ、勇気を振り絞って、ここまでやって来た意味がないので、ぐっと堪えて、彼の興味の矛先が自分から外されるのを待つことに。
しかしながら、その矛先が変わることはなかった。
それどころか、ますますエスカレートし、興味はいつしか、いじりへと転じて、しまいには恐喝紛いの扱いを受けているという状態だ。
怖すぎる。怖すぎるったら、怖すぎる。骨の髄まで凍り付いてしまうくらいに。
のらりくらりとした口調でさりげなく、キツいことを言ってくること。そして、何よりこの圧力。背が高いから余計に強く感じる。
「フロイド。彼女は依頼人です。あまり、高圧的な態度を取るべきではいけませんよ」
と、咎めるのは支配人ことオクタヴィネル寮長のアズール・アーシェングロット先輩。
しかし、フロイド先輩はそんなの知ったことかといった様子で
「この子ねー、ヤドカリみたいに泡吹くし、白目剥くし、あと―――」
「な、ちょっ」
「あ、今一瞬、白目剥いた!二人とも見た?ねえ、見た?」
こちらを無邪気に指差しながら、アズール先輩とジェイド先輩に語りかける。前者は呆れた様子で肩を落とし、後者は和かに微笑んでいるだけで何も言おうとしない。
悪気はない。悪気はないはず。でも、お願いだから、何度もその話題をほじくり返さないで!
せっかく記憶から消えかけていた出来事なのに、さっきの発言のせいで、またこびり付いてしまった。どうしてくれるんだ。
もし、自分がフロイド先輩より年上で背が高くてとんでもない度胸の持ち主ならば、今すぐにでもそのお喋りな口を縫い付けてやりたい気分だ。
考えるだけなら何をやっても許されると調子に乗って、先輩の頭の上から大釜が降って来たらいいのにだとか、落とし穴にハマってしまえばいいな、なんてことを考えていると、「随分と楽しそうですね」とジェイド先輩が。
その声にすぐさま下らない脳内世界から引き戻され、ハッと我に帰れば、先輩は顎に手を当て、こちらを見つめている。
万物を見通すかのような細められた瞳にひゅっ心臓を掴まれたような感覚が駆け巡ってきた。
何かしら言わないとまずい。第六感が反応した。
「……実はわたし、アレなんです。昔から変に緊張すると、笑っちゃう癖があってですね、あはは……」
下手くそ。信じてもらえるわけないでしょ。
自分でもツッコミを入れたくなるような大根ぶりに悲しくなってくる。嫌になっちゃう。
「そうなのですか。それは色々とご苦労をされてきましたね」
前言撤回。
先輩は即興で考えたでたらめな言い訳をすんなりと呑み込んだ。あろうことか、労いの言葉までも。
良かったと安心すると同時に先輩を騙してしまったという罪悪感がやって来る。
心の中でごめんなさいと謝っていると、アズール先輩が口を開いた。