煉獄の蓮


目の端に溜まっていた最後の涙が伝い落ちて、ジンジンと熱い頬を冷やした。
朝陽を背負ったその人は、今まで見たことのない険しい顔をしていた。

「馬鹿だッ!!名前…君は憎いほどの馬鹿だ!!」

びりびりと地面が震えるほどの怒声に、森にいた鳥が一斉に羽ばたく。
鼓膜を震わすその人は、いつもの双眸を怒りに燃やしたまま、蹲る名前の前にしゃがむと青紫色に腫れたグロテスクな両腕を見てさらに目を吊り上げる。

産毛が立つような怒気に薄まっていた筈の意識が引き戻される。
どうやら自分は杏寿郎に思い切り叩かれた。らしい。

よく見れば杏寿郎の後ろに慌てたような見慣れぬ隠が二人立っていて、この状況に助けようにもどうすればいいのかわからないと言った体で冷や汗をかいている。

ギリギリと杏寿郎の歯軋りの音が聞こえて、普段の自分なら間違いなく青くなっていたに違いない。
でも今、これ以上青くなれない自分は、般若の如く険しい顔の杏寿郎の顔をもっと見たくて思わずその手をそっと両頬へ伸ばした。

「きょ…寿郎、かお…あつ…」
「名前……」
「もっと近くで、みせて………わたし…さむ…」
「ッ………名前っ」

ガバリと抱き寄せられて、そのあたたかさでまたボロリと涙が出た。
自分が安堵しているのだと気づくともう止まらなくなっていた。

「さむかった………こんど…こそ…しぬか…と…」
「大丈夫だ、俺がこのまま連れて帰る!」
「はなれ…ないで、さむい……きょうじゅろ…」

背中にかきつくような情けない名前の腕を、杏寿郎は拒まない
堰を切ってしまえばもう止まらなくて、年甲斐もなくただ泣きながら名前は杏寿郎に抱かれていた。

「やっぱりあったかい……きょうじゅろう…」
「名前、やっぱり好きだ、君がなんて言っても」

血の気のない冷たい唇に熱いソレが重なる。
体温を分け合うような口づけをすますと、杏寿郎は名前を隠すように羽織りをかけと抱き上げる。
暗くなった視界と浮遊感に驚いて杏寿郎の胸元を掴むと、額に唇が落ちる。

「はなさないから、少し寝ろ」

帰ろう。と言われてこくりと腕の中でうなずいた。
意識の戻った宇髄がウンザリした声で余所でやれとかなんとか言っていたらしいが、この時の二人には全く関係のない話である。














次に目が覚めて、名前がまず驚いたのはそこが産屋敷ではないことだった。
清潔な布団の上で、体を起こすと隣に人の気配を感じて視線を移すと、もう一組敷かれた布団にすうすうと杏寿郎が寝入っている。
しっかり繋がれた左手と、肌着同士で手を繋いでいることが恥ずかしくて、そっと手を解く。

月の光に四つん這いになったままそっと障子を開けると、知っている庭にようやくここがどこかわかった。

「煉獄家だ…」
「やっぱり知っていたか…」
「杏寿郎!」

慌てて正座をすると、ソレが滑稽だったのか彼はクスリと笑って、冷えるぞ。と手を引いて名前を布団に戻す。

「色々あって……知ってる」
「父上が相当動揺していた。家の弟子だったのか」
「才能がなかったから、隠ですが、そうです」

向かい合うように横になると、握り合った右手を見つめる。

「本当に肝が冷えた…怒りが湧くくらい動揺した」
「ごめんなさい…考えが足りなかった」
「………宇髄のためになんか…死なないでくれ」

なんだか泣きそうな音の響きに、杏寿郎の近くに行きたくなる。

「そっちにいってもいい…?」
「…………だめだ」
「…なんで?」
「そういうことは、もっとちゃんと精がついてからだ!」

そういう意味じゃなかったんだけど、と言いたかったが
杏寿郎があんまり嬉しそうに目を細めるから、それでいいことにしておいた。

穏やかな月夜。
二人は静かに目を閉じた。
どくどくと流れるお互いの血潮を掌に感じながら眠りにつく。

名前は自分が失った送るはずだった人生のことを考えるのはもうやめた。
これからのことはきっと、失ったものと同じくらい
新しくて愛おしい日々が続くに違いない。

「名前、好きだ」

目を瞑って寝息を作れば聞こえる小さな杏寿郎の声に胸がツンとなる。
髪を撫でる熱い掌を感じながら、今度こそ名前は眠りに落ちた。





             


                      終




                            


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