Office bleach


「それで?魚を見てからどうなったのよ?」

ピッと手元の機械が鳴り青色の光が消える。診療終了後の病院で、時雨は雪のホワイトニングに付き合っていた。
照射器の光から目を守るための大げさなゴーグルを雪の顔から外すとチェアサイドに置き、仕上がりを確認する

「どうって言われても帰ったよ」

あっそー。と呆れたような雪の声に思わず苦笑いをする。この友人はまさか自分達に何かあるのかと思っているのか。まさか。
淫行で捕まるのは御免だし、第一承太郎君も可哀想ではないか。

「楽しかったの?……まぁイケメンは見てるだけで楽しいっていうなら聞かないけど、あんたはそんなタマじゃないしね」
「うーん……楽しかったと言えばそうなのかな?」

小首を傾げる時雨にあんたの事は本当にわからない。と突っぱねるように言われると、雪は手鏡で自分の口元をチェックする。
正直に言えば退屈はしなかった。
職業柄生物学のような講義には態々申し込んで行くほどには興味があったし、学生時代も研究よ称して円口類が大好きな教授に延々と原始生物の口腔進化について語られたものだ。大半の学生は嫌がって途中で抜けてしまうのだが、存外時雨はそういうのが好きだったりする。
そういった点では昨日の承太郎との外出は楽しかった。ただの魚の好きな高校生かと思いきや、意外とその知識量は深く、話し方から彼が普段は不良とは思えないほど明晰な頭脳の持ち主なのだという事も伺い知れた。
大きなプールの前を、大勢のカップルが殆どウォークスルーのように通り過ぎていく地味な水槽の前も、承太郎の解説のお陰で興味深く立ち止まる事ができる。
時雨が退屈してきたと思えば、知っているか?サメの肌の表面には人間の歯と同じ構造があるんだぞ。だとか、上手く興味を引いてくれる彼は意外にも教授や研究が向いているのかもしれない。
どどのつまりだ。楽しかったが雪が期待していた物とは完全に違う。

満足した様子で手鏡を置いた雪は、時雨に向き直ると思い出したように口を開いた。

「そういえば時雨、アンタ明日大学病院で仕事の日よね?」
「うん。今週は火曜の来てくれって言われてて……」
「あー…そうか、そうだったわね、うっかり一日スケジュール表が空いてるから空条君の入れちゃったわ」

全くちゃんと大学病院って書いときなさいよね。と愚痴りながら受付に戻ろうとする雪を呼び止める。明日は確かたいして大きな処置はなかったはず。ひと月程前に脱臼した歯が骨としっかりくっついたか見て固定を外すか決める程度だ。

「時間はかからないと思うから、兄さんのスケジュールに入れておいて、正直脱臼ってあんまり予後を見た事ないから、兄さんの方が判断は正しいだろうし」
「あー…そう。まぁ、彼だって大人だし時雨がいいなんて暴れないでくれればそれでいいわ」

そんな馬鹿な。あの承太郎が受付で暴れる様など想像もつかない。仕事はやはり速い兄の方がウマが合うかもしれない。
雪が兄へ電話で確認を取っている間、何故か水族館の帰りに承太郎がくれたエイのモコモコとしたストラップを取り出す。鞄につけるにしては子供っぽく大きなそれをライトにかざすと、あの日見た大きなエイを思わせる。
何気なくそれをチェアーの上にあるライトの首に引っ掛けた。

(子供は喜ぶかもな…)

そのままゆらゆら揺れるエイを見つめていると、戻ってきた雪がやっぱりそんなダサいぬいぐるみをくれる歳下には1ミリも興味が湧かないわ。としみじみと言ったのを聞いて思わず吹き出した。

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