50個の海

「この辺りで熱帯魚店ですか……」
「そうなの、できれば種類が多くて選びがいがありそうな。」

フム。と顎に手を当てて考えてくれている花京院くんは暫く黙ったあとようやく口を開いた。

「友人が前に話していた店なら知ってますよ。少し遠いですが、まぁ荷物を持って帰れる範囲だとおもいます」

何か書くものがあれば地図でも書きましょうか?と言ってくれる花京院君に素直に甘えて、ポケットからメモ帳を取り出す

「ごめんね花京院君。診療前にこんな事きいちゃって」
「いえいえそんな。今更ですよ時雨先生」

視線をメモから離さずに笑ってくれる彼は、時雨が歯学部五年生からの付き合いだ。
いわゆる臨床実習で初めて受け持った患者であり、歯医者になり大学病院の常勤をやめた今も不思議と繋がりがある。
初めて会った時はまだ幼さが残っていた彼も、今となってはホリィさんの所の承太郎同様成長が高校生のそれをとっくに超えてしまっていた。

「どうぞ」
「本当にありがとうね、助かった」

じゃあ始めましょうかとチェアーを倒す。
もう何年も診ている花京院君の口の中は健康そのもの。もちろん花京院のセルフケアの賜物でもあるけれど、ずっと付き合っている患者さんがこうも綺麗な口の中だとついつい自分のおかげだと思ってしまいがちになる。
(それにしても花京院君のお友達……)
もしかして彼が友達からとか友達がと言って話題に答えたのは初めてかもしれない。

(そういえば最近転校したとか言ってたな。前より顔つきも優しくなった気がする)

花京院君のお友達。どんな子だろう。多分同い年の…
そう考えた所で、頭に承太郎が浮かぶ。同時に前回の不思議な空気を思い出して思わず溜息をついた。









花京院君が紹介してくれた熱帯魚ショップは確かにかなり大きくて、逆に自分が今まで気づかなかった事に驚いた。
(なんとなく熱帯魚ショップってダーティーな雰囲気あるよね…)
この間見た18禁のサスペンス映画のことを考えながら店内に入ると、なんだか生ぬるい空気と所狭しと並んだ水槽。循環ポンプの低い音が響いている。店内はなんだか薄暗く、薄っすら曇っている水槽を眺めながら奥へと進んでいく。
広い店内に反して店員は見当たらない。
とりあえず誰か店員に声をかけて、受付に飾れそうで丈夫な魚を見繕ってもらおう。
うず高く積まれた水槽の棚越しに人影が見えた気がして、すみません。と声をかけると、暫くして誰かがこちらに来る気配がした。

「……!承太郎君!?」
「なんだ。やっぱりアンタだったか」

こんな所で出くわすのが予想外すぎて思わずバイト?と口走ると、間髪入れず冷やかしだ。という返事が返ってきた。

「何か探してるのか?」
「あー…うんまぁね。受付に熱帯魚飾りたいって雪ちゃん……いやウチの受付嬢がうるさくて。適当に店員さんに選んでもらおうと思って……」
「大きさはどれくらいだ」
「大きさ?魚の?」
「…違ぇ、水槽のだ」
「あぁ…!えっと……うーん受付に置いて邪魔じゃないくらい…かな?」
「それによってポンプの質も変えたほうがいい。汽水か?それとも淡水?何匹くらい入れるつもりだ」
「…………とりあえず一番いいやつで」


完全にノープランできた事が露見してしまった今、承太郎はやれやれだぜ…これ見よがしにつぶやき、ついてきなと短く言った。
慌ててついていくと、びっしりと泳ぐ色とりどりの小魚が大きな水槽で泳いでいる。

「アンタに飼えそうなのはこのくらいじゃないのか?」
「これなら見た事ある。綺麗なメダカみたいな熱帯魚だよね」
「………グッピーだぜ。アンタ本当に熱帯魚を買いにきたのか?あらかじめの知識が無さ過ぎるぜ」

正直グゥの音も出ない。正直夜店の金魚すくいくらいの感覚で買いにきてしまったのは時雨である。

「な……なんかありきたり?っていうか、もっと、わぁってなるやつがいいかな…ほらこういう!」
「…………アロワナか」

どっしりとした重量感がありツヤツヤ光る銀色の大型の魚は水槽の中を体を揺らしながらおよいでいる

「アンタこれ買えんのか?」
「承太郎君歯医者舐めんな。こう見えても高給取りよ」
「……しめて560万ってとこだぜ」
「…………へ?」

水槽の脇に置いてある値札に血の気が引く。あんなに探してもいなかった店員がどこからかやってきていたようで電卓を叩き出した。

「あーーーっと嘘嘘!歯医者ジョーク!高給取りジョークだから今の!」

あっすごーいあれかわいー!とか言いながら無理矢理遠くの水槽へ歩いてくると意外にも承太郎も後ろをついてきた。
フワフワ浮いている小型のフグをぼーっと見る。あ。かわいい風船みたい

「アンタには海水魚は無理だな。とりあえず適当に買えそうなものを見せてやる。」

思わず振り返ると、心なしか承太郎の目がいつもより楽しげに見えた
(17歳の男の子って感じ)
行くぜ、と言われまたついて行きながら意外な一面を時雨は物珍しく見ていた。







結局ぐるぐるいろんな魚と時雨の無知さに恥の上塗りをしながら、元のグッピーの水槽に戻ってきていた。

「あー…なんか疲れた」
「やれやれだぜ……」

いつの間にかリラックスパイポを自然に口にくわえている承太郎を尻目にグッピーの水槽を見つめる。ふと地面が動いた気がしてめをこらす

「……………可愛い。ちょっと承太郎くん!!これは!?飼える!?」

思わず腕を引っ張ってガラスの底を叩く
ガラスを叩くなと上から声が降ってくるが構わず時雨はその魚を指差した

「コリドラスか」
「コリドラス?っていうの」

小さいドジョウのようなそれは地面を食むようにしながらおよいでいる。茶色くて気づかなかったがなかなか可愛げがある。

「いいんじゃねぇのか。本当はこれだけで飼うよりグッピーみてぇな他の魚と飼うもんだが…アンタにも扱えるだろ」
「へー…コリドラスちゃんか」

買いだな。そう思った瞬間雪のリクエストが蘇る。私の横において映えるものにて。くれぐれもメダカとかは勘弁して。
(いいと思ったけどこれじゃまるで雪ちゃんというよりは……)

「なんかアンタに似てるな」
「そうそう。地味だしね………っと」

心読んでるのかこいつは。というかちょっとバカにしてるな。そう思って思わず承太郎を見上げると、またあの緑の瞳とかち合う。
さっきまでの楽しい空気が艶を帯びた気がして。さっとえ目をそらした

「あー…せっかく付き合ってもらったのにごめんね。やっぱりもうちょっと勉強してからにするよ」

ガラスから手を離すし後ろに一歩下がると、トン。と固くて暖かい物が背中に触れた。
それが承太郎の胸板だと気付いて顔を上げると、時雨の顔の横。片手を水槽についた承太郎とガラス越しに目が合う。

「確かにもっと大きい水槽で見たほうがいいぜ。アンタ魚のこと何もしらねぇみてぇだしな。」
「こ…こより大きい熱帯魚店はないと思うな…それこそ水族館か…」
「じゃあ決まりだな」
「……はい?」

気配がなくなったのに気づいて振り返ると、またアンタの病院に電話する。とだけ言ってサッサと帰っていく承太郎の背中が見えた。

「………いま私水族館行くっていったの?」


あっけにとられた時雨は暫く。アロワナのテカテカ光る銀のウロコを見つめた板。














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