4 月
甘い香りが流れてきた。
きっと調理クラブでお菓子でも作っているんだろう。
その甘い香りを大きく吸い込んで私は深呼吸した。
落ち着かない。
彼は来てくれるんだろうか。
放課後の校舎裏、普通なら誰も来ないような場所で私は彼―跡部景吾を待っていた。
そう、告白する為に。
在り来たりなシチュエーション。
きっとこんな事が日常茶飯事な彼は気付いているだろう。
そしてきっとそれに対して彼は今頃断わりの文句でも決めているかもしれない。
いや、もしかすると断わりの文句なんてもうお決まりになっていて考えても無いかもしれない。
桜の花びらが風に揺られて散っていた。
それはまるで予言のようで、今の私にはとても悲しく見えた。
「悪い、遅くなった。」
「跡部君。」
来てくれた。
生徒会やらテニス部部長やらと放課後は特に忙しい彼が、その時間を割いてまで来てくれた。
それだけでも十分嬉しい。
「それで、話ってなんだ?」
ドクンドクンと段々心臓が煩くなってくる。
落ちつかなきゃ。「あの、」と言いかけた自分の声がびっくりするぐらい震えている。
「跡部君の事、ずっと好きでした。」
震える声で、でも聞こえるようにはっきりと、言えた。
何度も何度もシュミレーションした台詞は結局何も出てこなくて、その一言を言うのが精一杯だった。
跡部君の顔が見れない。
元々期待なんてしていなかったのに、顔を見るのが怖くて伏せた眼を戻すことが出来ない。
そんなに時間は経って居ないはずなのに沈黙の間とてつもなく長い時間が流れた気がした。
跡部君が何かを言ったけれど、自分にいっぱいいっぱいだったのと一瞬強く吹いた風の音でちゃんと聞こえなかった。え?そう言って顔を見れば、跡部君は無表情で。ああやっぱり駄目なんだなって思った。
「…それで?」
―それで?
ああ、そういえば自分の想いを伝えたかっただけだったからその先なんて考えてなかった。
だって相手はあの跡部景吾、断われるのが前提だったし正直、度胸試しなところもあった。跡部君相手に告白して、玉砕して、スッキリしたかった。…今更ながら、相手に対して凄く失礼な話だけれど。
「あ…えっと、付き合って欲しい、です。」
さっきより声は震えていなかった。
どうせ駄目なんだ、と開き直りかけていたのかもしれない。
「俺で、良いのか?」
…今、なんて?
単純なもので、先刻まで全く無かった期待が湧き上がってくる。
思わぬ展開に頭は付いていっていないのに口が勝手に動いた。
「違う、跡部君が良いの!」
思わず大声で叫んでいた。
それに一瞬驚いた顔をした跡部君が優しく笑った。
「後悔すんなよ。」
その後、よろしくな、と言った跡部君の顔が私の眼に貼りついて消えない。
桜が綺麗に舞っていた。
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