「ゆゆゆ幸村君…?!」

何?と涼しい顔して彼は私の腕を強く掴んで離さない。
私はまるで金魚のように口をパクパクさせる事しか出来なかった。


彼 と 私


一体全体どういう事なのだ。
私は今、片腕を掴まれたまま壁際に追い詰められていた。
それもかの有名なテニス部部長、幸村精市君に。

「あああの!何で私は腕を掴まれているのでしょう。」
「さあ、どうしてだろうね。」

楽しそうにそういう彼と私は、クラスメイトだけど今までそんなに話した事も無ければ関わり合いになる事だって無かった。
どちらかと言えば地味な方の私は、表立って誰かの事をきゃあきゃあいうタイプでは無かったし、積極的に行動を起こすタイプでも無かった。
彼の周りに群がる女の子達を眺める事しかしなかった。

そんな私が、授業の最後に運悪く先生に捕まり、資料の整理を頼まれてしまったのが30分ほど前。
それを偶然目撃した幸村君が今日は部活が無いからと手伝いを申し出てくれた。
勿論私は丁重にお断りをしたのだけれども何だか有無を言わせない笑顔に勝てず、恐れ多くも幸村君に手伝ってもらう事になった。

こんなところ幸村君のファンに見つかったら大変かも。
黙々と作業をしながらそんな事を考えていると幸村君が口を開いた。

「ねぇ、苗字さんて、付き合ってる人とか居るの?」

いきなり何を聞いてくるんだこの人は!
思わず持っていた資料を落としてしまった。
いけないいけない、落ちつけ自分。

「い、居ないよ。」
「ふうん。じゃあ、好きな人は?」

何でこんなに突っ込んで聞いてくるんだ。
いそいそとばら撒いた資料をかき集めながら私は硬直する。
ばくばく心臓が煩い。

好きな人。
いや、好きというわけではないと思う。
ただの憧れ、憧れなんだ。きっと。
でも私はこの今同じ部屋に居る幸村君の事に少なからず特別な想いを持っていた。
しかしまさかそれを本人に伝えられる訳もない。

「居ない!居ません!」

動揺を隠し切れていないぞ、自分。
対して幸村君はまたふうんと言って黙ってしまった。
…今のは流石に感じ悪かったかなあ。

「…えっと、実は好きっていうか憧れの人は居る、かも。」

わー言っちゃった。言っちゃったよ。いやでもまあ幸村君だと言った訳じゃないし。うん。
…あれ、幸村君返事してくんない。もしかして、やっぱり怒ってる?

かき集めた書類を拾って立ち上がり、振り返ると目の前に幸村君が居た。

「…へぇ。それって、」

言いながら片腕を掴まれた。
抱えていた書類がバラっとまた落ちた。あー、折角拾ったのに。
ていうか、ち、近い。
思わず後ずさるとそれに合わせて幸村君もにじり寄ってくる。あっ。背中に堅い感触がした。壁だ。これ以上下がれない。

っと、こう言う訳で話は冒頭に戻る。私は幸村君によって壁に追い詰められていた。

「あああのっ、ゆ、幸村君?」

近い、近いのにこれ以上近づこうとする幸村君に私の顔はきっと茹でだこ状態。
自分でもわかるくらい熱を持っている。

「…それって、誰?」
「え、それは言えない。」

言える訳がない。あなたです今目の前に居るあなたなんですなんて。

「ねぇ、何で俺がこうして聞いてるのか分かんないの?」
「さ、さあ…?」

何でって…ああ駄目だ、思考がフリーズして全く頭が働かない。

「俺が気になってるから聞いてるんだけど。」
「そうだったん…って、え!」

何、何この展開。
付いていけないんだけど!
え、どう言う事?それって。
まさか、そんな、でも。
色々と思考を巡らしているがどうしても自分に都合の良い考えにしか辿り着かない。
きっと私は今百面相をしている。

いつの間にか私の腕を放した幸村君はそんな私を見て爆笑していた。
幸村君てこんな風にも笑うんだ。

「さて、と。」

ひとしきり笑った幸村君は私の足元に散らばった書類を拾い上げるとトントンと纏めて机の上に置いた。いつの間にか資料の整理は終わっていたらしい。

そのまま入口の方へ歩いていく幸村君を見てぼーっとしていた私は我に返った。

「幸村君!えっとさっきのって…!」

あたふたとする私とは違いいつもと別段変わらない態度の幸村君は入り口で振り返ると、楽しそうに笑っていた。

「苗字さん、本当ニブ過ぎ。」



フラグを立てて去っていくなんて!


end.







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