まぁ、今更何があったって驚きはしない程度に

色々なことへの耐性はあったつもりだけど ―







僕と花





「誰だ…ッ」
剣呑な声と共に、カチャリと音を立てて刀の鍔が弾かれる音が部屋に響いた。
部屋に煙る白煙と、予想外の珍客に動じない程度に、自分は大人になっているらしいと一人ごちて、銀時は読みかけのジャンプのページを捲る。
「んな、トゲトゲしなさんなって。ここは別に敵地じゃねぇんだし。後ちょっと待ってくんねぇ? 今、ルフィが良いとこなんだよ」
「はっ? 何言ってんだ、テメー」
はいはい、大人しく待ってなさいな、とページを捲る反対の手を振る。
毒気を抜かれたらしい珍客は、戸惑いながらも、待つことを決めたようだ。ドスリと音を立てて板張りの床に胡坐をかく姿が視界の端に映る。
(ったく、何の因果かねぇ)
捲るページの中では、船長がドンという背景音と共に、「仲間だろう!」と叫んでいた。

来週へ続くというページの最後の文字を読んでから、銀時は顔を上げる。嫌というほど見慣れた、それでいて懐かしいような姿がそこにはあった。
埃と返り血で薄汚れた白い布。風呂になど入る機会も少なかったあの頃は、銀髪というより白髪に近かったのだな、と思いながら、自分と同じように方々に散る髪を見つめた。
「…待ってたんだから、さっさと説明しろよ」
「オメーねぇ、年上に対する態度ってもんがなってねェよ?」
いや、しかし、この年頃だったら仕方なかったかもしれない。若さというものは、いつだって無遠慮だ。
「で? 白夜叉さんは何を聞きたいのかな?」
わざと、その名を呼んでみると、男は息を詰めた。
そうだ、知っている。
その名を呼ばれることが、とても嫌いであったということを ―

(俺も若かったってこったなぁ)
今となっては、戯れに自分から口に出来るようになった過去の名前は、今まさに現実である彼にとっては不愉快なものであるのだろう。
どういう因果か、つい先程まで銀時一人きりだった万事屋の室内に、自分自身の過去である銀時(紛らわしいので白夜叉と呼ぶことにする)が白煙と共に現れたのだ。
その瞬間、自分の記憶が鮮やかに蘇ってきた。
戦いの最中に、見たこともない室内に飛ばされた、という曖昧な記憶だが、それは確かに今目の前にいる彼が紛れもなく自分自身であることの証拠だろう。
(つーか、何コレ? どうしろってんの?)
過去に戻れなかったことなんてないだろうけれど、彼がいきなりここに現れた理由も原因も分からねば、じわじわと思い出すような記憶は、まさにリアルタイムで進行中といったところだろうか。
「……ここ、は…どこなんだよ」
「江戸のかぶき町」
「…あんたは?」
「万事屋の坂田銀時」
「…………」
「オメーは白夜叉の坂田銀時だろ。んで、たぶん今はヅラの部隊へ支援に向かってる途中なんじゃね?」
「なっ…!」
んで、知っているのか、と。険を帯びた視線が問うていた。
知っているのなんて、当たり前で。
彼はきっと今が彼の生きる時代の先にある未来などと言ったところで信じないだろう。それに、知る必要など、無いに違いない。けれど、この偶然の邂逅にはきっと何かしらの意味があるのだ。
(どこの誰のお節介か知らねぇけどよ)
「んな、不安そうな顔してんじゃねぇよ」
おどおどと視線を巡らせている白夜叉の態度が面白くて、銀時は笑みを零しながら、しゃがみ込んでいる彼へと近づく。らしくない、なんて。自分自身の過去なのに、どの口が言うのだろう、と尚更可笑しくなってくる。
「だ、れがっ…!」
「オメー以外に誰が居るって?」
クツクツと喉で笑い、手を伸ばし、薄汚れた髪をぐしゃぐしゃと掻き回してやる。
すると、土と草の匂いが部屋の中に散った。
この江戸の街ではついぞ嗅いだことがない、懐かしい香り。郷愁と呼ぶには血なまぐさ過ぎるソレ。
「あんたは…」
素直に撫でられるがままだった白夜叉が僅かに口を開く。しかし、続く言葉は飲み込まれて音にならなかった。恐らく、自分の存在が彼の未来であることを問いたかったのに違いないが、それに応えずに銀時は撫でていた髪からそっと手を離す。
「っ…!」
離されると、不安そうな顔で見上げてくるものだから、今の自分より幾分素直な姿に、心が少しだけ痛んだ。
(これから、きっと)
否応なしに、辛いことが待っている。それは思い出すだけで、今の銀時すら臍を噛み、痛む胸に目を瞑るような出来事の数々だ。
でも ―
それでも、生きたその先に、ある、明るくとは云えないけれど、それでも幸せな日々を。
「大丈夫だから。テメーは前だけ見てろ」
立ち止まることがあっても、逃げることがあっても、それでも進んだ先にあるから。
汚れた頬に触れるだけの口付けを落とす。

「はっ…!?」
「親愛の情?ってか、まぁ…お守りみてぇなもんだ」
「ちょっ、何言ってんだ…」
「もう、戻りな。あいつらが待ってっから」

トンっと肩を押すと、彼が表れた時と同じような白い煙が立つ。
(本当、何の因果かね)
消えゆく姿で、白夜叉が何か叫びながら手を伸ばしてくる。
もう一度、音にせず唇だけで「だいじょうぶ」と呟いて、銀時は笑った。

だって、何も怖いことなど無いのだ。
生きてさえ、いれば ―




シン、と静まり返った部屋の中に一人。

「ったく、万事屋は土足厳禁だっての。こんなもん、どこに付けてたんだか…」

泥が残る板張りの床に落ちている小さく白い花びらを指先で拾い上げる。





くるくると指先で弄ぶ花びらからは、

僅かに懐かしい故郷の香りがした ―










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -