※結婚企画






独りが 一人になって
一人が 三人になって
三人が 家族になって

それから、

共に歩む 半身を得て


日々は穏やかに幸せで

だから、気付けなかったんだ







たかが愛




「あれ?もう6時過ぎてんじゃね?」

薄闇が降り始めた障子向こうに背を押されるように立ち上がり、パチリとスイッチを入れるとぱちぱちとフィラメントがはぜる音がし、万事屋の事務所兼自宅を明るく照らす。
酢昆布をほおばったままテレビを見ていた神楽が、銀時の声に誘われるように壁掛け時計を見上げる。
「ほんとネ。銀ちゃん、お腹空いたアル」
「冷蔵庫にあるもんで何か作るか。神楽、手伝えー」
「今日はマヨラ遅いアルか?」
「いや、何も言ってなかったからそこそこ早いんじゃね?」
「ふっふっふ、じゃあ今日は姉御の家に行くネ。銀ちゃんとマヨラがくんずほぐれつするトコを見る趣味は無いヨ」
「…変な言葉覚えてんじゃねぇよ。ついでに言うと、あいつ疲れてっ時そんなことさせてくんねぇからね。銀さんの銀さんがあらぶってても無視だからね」
「あんたこそ何て言葉教えてんだぁあああ!」
ブツクサ言いながら、銀時と神楽が台所へ向かう背に向けて、新八が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「「…これだから童貞眼鏡は」」
「いや、童貞はともかく眼鏡関係ないよね。関係ないよね!?」
「うるっせぇなぁー…いいから、新八おめーも手伝え。十四郎が帰ってくるまでに夕飯作んだから」
「はいはい。分かりましたよ、もう」
仕方ないな、といった体で頬をほころばせてから新八は二人の後を追った。


銀時が、喧嘩をしいがみあってばかりいた土方を伴い万事屋の扉を開け、事務所のソファでくつろいでいた神楽と新八を前にして、家族が一人増えると宣言してから二つ目の季節が巡った。
三人だった万事屋に、一人家族が増えて、一人だった万事屋の主人に番(つがい)が出来た。
男同士というしがらみを越えて、傍に居ることを選んだ二人を、誰も責めはしなかったし、暖かく迎えてくれた。そのことに改めて感謝しながら、銀時は包丁を握る。
冷蔵庫の中にあった、豆腐を手にもち、包丁を押し当てると、ぷるりと手の中の白がふるえて、格子に切られていく。新八が出汁を沸かしてくれた鍋の中に、それを入れるとぶくぶく泡立つ中で、柔らかな四角が揺れた。
(豆腐の味噌汁と、飯を炊いて、あいつマヨばっか取るからなぁ…最初からマヨ仕込んどくか?)
冷凍庫に貰いもののエビが凍らされている。冷蔵庫のドアポケットには黄色いアレが敷き詰められているから、いつだってエビマヨを作ることが出来る。
(野菜ー…は、うーん。大根?と、にんじん…)
昨日の残りの鶏肉が少しあるから、炊き合わせを作ろう。彩りが欲しいと思い、
「神楽ー、下のババァのとこ行って、キヌサヤか何か貰って来い」
「了解アル! 緑のやつネ」
「そうそう。無かったら、何でもいいから煮てうめぇ緑のもん貰ってこい」
声をかけると、ばたばたと台所から廊下へ走り出していく背中。食べ物のことになると、本当に素直だと、銀時は笑みをこぼした。
「銀さん、火止めて味噌入れますよ?」
「おー、頼むわ。」
溶かれた味噌が薫れば、鍋に向かう新八が、はいと笑い返してくる。
穏やかな日常は揺らぐことなく、ここにあって。味見に差し出された小さな器を受け取り、喉へ流し込めば、柔らかい味が広がった。
「うん。美味いな」
新八が鍋の火を止めるのを横目にエビマヨを作る準備をしていると、炊きあがったらしい炊飯器がピーと甲高い音を立てた。


    *


万事屋の三人で食卓を囲む。
大皿に盛られたエビマヨ争奪線を繰り広げながらも、端に寄せられたラップで包まれた一人分の食事には、誰も手をつけない。障子の向こうではすっかり夜の帳が落ちてしまい、時折吹く風がカタカタと閉じられたソレを揺らす。
「おなか、いっぱいアル…」
「そりゃ、飯4合も食べりゃな」
行儀悪くげぷっと唸りながら、神楽が自身の腹をぽんぽんと叩く。それを、新八が
「神楽ちゃん、行儀悪いよ」
と窘めるいつものやりとり。

カチカチと秒を刻む時計が示すのは、夕飯を作り出してから2時間が経っていたということ。いつもなら、そろそろ土方が帰って来ても良い頃だ。神楽と新八もそれを心得ているのか、机の上の皿を台所の流し台へもっていき、着替えや荷物をまとめ始める。
追い出すような状況に心が痛まない訳ではない。家族四人で過ごす時間も大事だ。けれど、二人だけで過ごす時間も大事だし、なにより神楽と新八が気遣ってくれることがうれしくて、銀時は二人の態度についつい甘えてしまう。
「じゃ、銀ちゃんまた明日ネ!」
「銀さん、明日は仕事が入って無いんで昼頃に神楽ちゃんと来ますね」
連れ立ち、三和土で履物を履きながら笑う声。
おう、とおざなりに返事をしつつ、二人を見送る。
喧嘩しないで下さいね、なんて小言が出なくなったのはいつからだろう。銀時の番が帰ってくる場所を護ってくれるような二人の所作で、心がじんわりと暖かくなる。
最初の頃はそれはそれで大変だった。
公言しても尚、土方は銀時との関係を公にすることを恥じていたように思えるし、そんな土方の気持ちが分かるからこそ銀時は無理強いをしなかった。永遠なんてものを求めはしないけれど、いつまでもと願う気持ちがあるから、ずっと待てると思ったのだ。
それも、決意を滲ませた顔で、万事屋の扉を開けた土方の覚悟に全て持っていかれた。
年若い、万事屋の家族に真正面からぶつかって、それでも銀時の傍に居ることを選んでくれた土方の想いに胸を打たれ、それから銀時は真剣に仕事を受け、真面目に働いた。
形に拘りは無かったけれど、形と言葉にしないと返せないほどの想いを貰ったから。

共に歩ことを決めてからすぐに銀時は、給料三か月分とは云えないがくすんだシルバーで揃いの指輪を買った。
つけてくれなくても良い。二人で揃いのものを持っているだけで良い。そんな思いで贈ったそれは、翌日から土方の左手薬指に収まってしまった。
(つけてくれるなんて、予想外すぎんだけど)
目に見える場所に二人の関係を置くことは、土方にとって、とてつもない葛藤と覚悟があったように思えた。だからこそ、料理をする自分の左手に収まっている銀色に、いつも包丁を振るいながら銀時は頬を綻ばせる。
ここから、彼へと繋がる。そう思うだけで、心が温かくなる。一人で居る時間は長くて、すぐには過ぎてくれない。早く彼が帰って来れば良いとそればかりを願っていた。



   **



時計の短針は、十一の数字を少し過ぎた場所にあった。
こんな時間まで連絡もなく、土方が帰って来ないのは今までに無かったことだ。嫌な予感が脳裏を過り、思わず机の上に置かれていたテレビのリモコンのボタンを押した。映し出されるブラウン管の向こうには、チャンネルを変えてもバラエティや深夜の芸能ニュースばかりで、テロや事件の速報は流れない。
(遅ぇ…)
カチカチと響く秒針と共に焦りと苛立ちが募り、銀時は足をゆすっていた。
仕事で帰れないのだとしたら、それで良い。
もし、テロに巻き込まれていたら。
もし、拉致にあっていたら。
もし、
もし


悪い想像ばかりが募り、気付けば黒電話のダイヤルを指で回していたのは掛け慣れた屯所の番号。
『はい、真選組』
聞こえたのは、いつも土方の傍にいる山崎の声。
「おージミーか」
『ジミーって、違いますからね山崎です、旦那』
「あのさ、土方…いる?」
『え? 土方さんなら定時で帰られましたけど…』
「は?」
予想外の言葉。
『まだ、帰ってらっしゃらないんですか?』
硬さを増した山崎の声に、
「や、もう帰ってくんじゃね? 色々面倒事頼んじまったし」
ヘラリと笑いながら、銀時は返す。
『そう、ですか。だったら良いんですけど』
誤魔化されてくれたのは分かっていた。何かあったらすぐに連絡すると言って電話を切った。そのままの勢いで、立て掛けてある木刀を手に取り、三和土に投げ出されたブーツを履き、夜の街へと飛び出す。
仕事なら良かった。いくら遅くなっても待つことが出来る。
けれど、屯所を定時に出たなんてらしくないことをされてしまえば、良くない想像ばかりが過る。夜のかぶき町の通りを走り抜け、土方が寄りそうな店を手当たり次第にあたる。
(どこに…)
見当たらない愛しい姿に、探し出せない自分に、ただただ苛立ちが募った。






はぁ、と息を吐いて、立ち止まった路地裏。
(いつもの飲み屋にも居ねぇし、通りにも姿が見えねぇ)
もしかしたら、とっくに屯所に戻っているのかもしれない。それを確かめるためにも一度、万事屋に戻り連絡をしてみた方が良いのかもしれないと思いながら、荒い息を整えて銀時は髪を掻きあげた。
すると、ふと感じた存在に意識が奪われる。
路地の丁度ゴミ箱の影にある、もぞりと動く黒い影。
「…?」
そこで何を、と問う前に、その陰が立ち上がりネオンに照らされる。
「ひじ…」
視界に飛び込んできたのは、泣きそうな顔で振り返る愛しい存在の顔だった。






「何やってんの!」
夜に隊服のまま一人で路地だなんて危ないことこの上無い。
ましてや、定時上がったという土方がこんな時間まで、何をしていたのか。その数時間で、危険なことが起こらなかったということにただ感謝した。
傍に駆け寄り、冷え切った手を握る。
そこにきて、銀時はやっと安堵することが出来た。冷たくても、握りこんでしまえば傍に居るのだと実感する。こんなに冷えるまで、何をしていたのだと問い詰めたかった。どうして一言連絡も寄越さないのだと言い募りたかった。けれど、それは震えながら見上げてくる土方のか細い言葉で打ち破られる。

「なくしちまった…すまねぇ」
「へ?」

俯いたまま絞り出された声に、握る手に力を込めると、
「ゆびわ、くれたのに…」
ずずっと鼻を啜り上げる音。
いつも、左手の薬指に収まっていた鈍い銀色がそこにはなかった。

「……お、ま」

失くした事実よりも、握った掌の儚さに銀時は言葉を失う。
こんなになるまで一人で居た理由が、たった一つの物を失くしたからだなんて。
冷え切った手を暖める術すら無く、その手を引いて明るい場所で誘うことしか出来ない。
「なぁ? とりあえず帰ろう?」
強引に路地から連れ出せば、土方は俯いたまま銀時の後ろをついてくる。
(指輪が…)
無いことだけで。
仕事が終わってずっと探していたのかと思うと、胸が締め付けられる思いだった。
たかが指輪。
たかが形だ。
安物のソレを、土方がこんなにも大事にしてくれていたことが嬉しい反面、ぴったりだった指輪が抜け落ちてしまうほどにやせ細った指が憎たらしかった。
(痩せちまってることにも気付けねぇなんざ)
自分が腹立たしい。
忙しいことなんて知っていた。
当たり前だと思っていた。
当たり前だと思ってしまっていた自分が情けなかった。


   ***


曇り硝子の引き戸の内側へ迎え入れても、土方は黙ったままだった。
手を引けば、躊躇しながら散漫な動きで草履を脱ぐ。そのまま誰も居ない万事屋のソファの上へと強引に座らせる。
「ったく、こんな冷えやがって…」
せめて暖めるために何か温かい飲み物を入れてくるかと、立ち上がろうとした。
すると、白い着流しの裾がついっと引かれる。
「ん?」
見下ろすと、ソファに座ったまま所在なさげに視線を彷徨わせる土方の姿。
「ぎ、…」
掠れるような声で名前を呼ぶ土方の腕をぐいっと強く引くと、自然と身体はソファの上に吸い込まれる。横並びになっても、土方は中々言葉を紡がない。それを銀時はじっと待った。
本当はこんな夜遅くまで一人で居たなんて、と叱りつけたい気持ちがあった。けれど、先ほど交わした土方との会話で、知ってしまった理由を思えば一概に叱り付けることも出来なかった。
謝ってほしいわけじゃない、指輪をなくしたことを責めるつもりも無い。ただ、ひとつだけ土方に分かって欲しいことがある。
だから、待った。土方がちゃんと話が出来るように落ち着くのを。

「すまねぇ…こんな時間まで出歩いて」
「定時に仕事終わってたんだって? 危ないんだから、まっすぐ帰って来いよ。心配でしょうがねぇ」
「……かえ、りたかったけど、こんな大事なもん失くしてテメーの前にノコノコ帰れるわけが」
「はい、ストップ」
「え?」

土方は何も分かっていない。「こんな大事なもん」は指輪なんかじゃない。ただの二人の証なんかじゃない。

「違うでしょ。大事なもんが」
「だっ!て…テメーと一緒に居る誓いだったのに。んな大事なもん失くすなんて俺ァ」

きっと、言葉で告げねば理解してくれないだろう。
チっと銀時は舌を打ち、俯こうとする土方の顔を両手で挟み、真正面から視線をぶつからせた。潤んだ瞳が、土方らしくない。それほど大事にしてくれていたことは本当に嬉しいけれど、今はそんな問題じゃないのだ。

「あーもう! あのね、十四郎? どうして指輪が無くなったか分かる?」

名前を呼んで。
逸らさずに。

「俺が、大事にしてねぇから…」

きゅっと唇を噛んで、土方が俯こうとするのを銀時の両手が許さない。

「唇かまないの。そう、十四郎が大事にしてないから」
「っ…」

ぶわりとあふれ出そうになる涙で潤む瞳を見つめたまま、銀時は静かに続ける。

「指輪が抜けちまうぐらい、痩せやがって…俺が一番大事にしてるもんを大事にしてくんねぇから」

「え」
「毎日一緒に居ると案外気付かないもんだな。オメーがまだ屯所で暮らしてた時はさ、たまに会うと痩せたな・とか疲れてるな・とかすぐに分かったのに。指輪が抜けちまうまで痩せてるのに気付かないなんざ、番失格だな」
「……」
「オメーが失くさなきゃ気付けなかった」
「…ぎ、」
「今、忙しくないんだろ? なぁ…二日ぐらい休んで、一緒に温泉でも行かね?」
頬を挟み、雫が零れそうになっている目尻に口付けを落としながら銀時が笑うと、
「っ…」
喉をひぐりと詰まらせた土方の瞳の膜がやぶれて、決壊する。
「美味いもん一杯食って、一緒に風呂入って、二人なら甘やかしてもオメー怒らねぇだろ?」
頬を伝うソレを、笑いながら唇で食み、銀時が囁く。
「ぎ、ん…」
「だから、ちょっとだけ休もうぜ。な?」
「……」
安堵からか珍しく素直にコクリと頷いた土方の身体の隅々を暖めるように抱きしめる。
冷え切っていた身体は、銀時が熱を分け与えようと擦る度に、少しずつ弛緩し、溶けていく。
「もっかい、買ってもいい。それでオメーの心が軽くなんならな。でも、分かっとけよ?指輪が大事なんじゃねぇ。モノが大事なんじゃねぇ。オメーが大事なんだ」
「ぅ、…」
ぎゅっと縋り付く身体が、その全てが今腕の中にあることに相好を崩し、銀時は力一杯抱きしめ返した。







もどかしくて、

すれ違って



大事にしたいのに、


大事に出来なくて




大切で唯一なんて言葉は


届かなくて




それでも、傍に居てくれる温もりを


失くしたくないと願う



失くせないと乞う




たかが、愛












中島みゆきを聴きながら書きました。
たかが愛。







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