※10/23無配 ケンカ上糖!!プチ
どうして喧嘩になったのか、
その理由すら
最早、思い出せないほどの時間が経っていた ―
【喧嘩上糖】
嘘だ。
喧嘩の切欠や原因は思い出せないけれど、それがいつから続いているかを銀時が忘れる訳が無かった。愛しい恋人と擦れ違い、互いに意地を張り電話もせず、町で顔を見てもどちらとも顔を逸らして無視するか舌打ちを吐き捨てるのみ。いつもの喧々轟々と怒鳴りあう喧嘩よりも性質の悪い、ここ3週間繰り広げられているのは間違いなく「冷戦」だった。
(はぁ…)
この3週間、繰り返し吐き出した幸せの数を数えるといくつになるだろう。
そんな下らないことを考えながら、銀時はのらりくらりと真昼のかぶき町を歩く。
いつもならとうに仲直りをしている筈だった。
馬鹿みたいに言い合いをして手や足が出て、最終的に真剣を抜く恋人の身体を無理矢理押し倒し、唇を奪い握られた剣が指から零れ、その手が背に回る― といったワンパターンではあるが二人の「いつもの仲直り方法」があるのだ。
だからこそ喧嘩はいつも全力で。
それは二人にとって欠かせないコミュニケーションだったし、喧嘩を繰り返しても気付けばどちらともなく小さく頭を下げ、いつも通りの二人に戻っていたはずなだったのだ。
その原因を遡って銀時は頭を抱える。そもそも、タイミングが良くなかった。
喧嘩の後に会わなくなって時間が経てば経つほど、電話の通話ボタンを押す指先が震えを増していく。疑心暗鬼と不安と情けなさをミックスすれば、とても酸っぱいフレーバーが出来上がる。
本当は今すぐにでも「ごめん」の一言を携えて走って会いに行きたい。
けれど、いつもの仲直り方法以外のやりかたなんて銀時には分からなかった。
もし、
もし、会いに行って無視でもされたり吐き捨てるように別れの言葉を口にでもされたら。そう思うと脚が竦んで動けなくなった。町で擦れ違うたびに、剣呑な視線を絡ませ、まだ喧嘩が続いていることに苛立つ反面、安堵した。どうでも良いと捨て置かれていないことに安堵した。
気付けば3週間。馬鹿みたいに長い時間、喧嘩を続けているという有様。
「あーもうっ…」
もう少し年が若ければ、もっと素直に謝ることも歩み寄ることも出来たのだろうか。けれど、素直に告げることが出来るほど純真でもなく。寂しい気持ちと苛立ちを抱えたまま、立ち止まり遠くから想うことしか出来なかった。
顔を合わせない日が続くなんていつものことだが、それでもメールや電話で少しの言葉を交わしていた。素直に謝れない所為で、それすらも出来ない自分がもどかしくて銀時は、少しだけ俯く。
(なくすことは)
慣れている癖になんて嘯いて、逃げてどうしようもない自分を。時間が経てば経つほどに、手を伸ばすことを躊躇してしまう。それをきっと憶病だというのだろう。大切だから失くしたくないからこそ、立ち竦んでしまう情けなさに自嘲が零れる。
「銀さーん、待って下さいよー…!」
背中から追い駆けてくる、眼鏡の声。
ぐしゃりを銀糸をかき回し指の間に絡まるそれを握り締め、銀時はもう一度溜め息を漏らした。
(追い駆けて、来て欲しいだなんて)
本当に求めるものに手を伸ばせない癖に、追い駆けてくる優しさを振りほどくことも出来ず、甘えてしまっているのだ。自分より少しだけ歩幅の狭い彼の歩みを思い、銀時は微かに歩みを緩めた。
「神楽ちゃんを待ってなくて良かったんですか?」
「良いんだよ、遊びに行ってる奴ぁほっといて。それにあいつが居ると酢昆布買わされっからなぁ…」
昼過ぎからどこかへ遊びに行ってしまった神楽を待たず、夕方の混む時間を前に、銀時と新八はスーパーへ買出しに出ていた。大安売りがあるのなら神楽を待ったが、そんなチラシは手元に回ってこなかった。
いつ帰ってくるか分からないじゃじゃ馬はほうっておいて、万事屋の鍵を開けっ放しに、新八と連れ立って玄関を出たのがつい先ほど。
先日の依頼料で懐は少しだけ暖かい。
本当なら、それを誘いの口実に恋人と呑みでも行きたかったところだが、如何せん現状ではそんなことは夢のまた夢。だって、連絡さえ出来ないのだから。
「銀さん、鬱陶しいんでいい加減、溜め息吐くの止めてくださいよ」
「わざとじゃねぇよ」
出るもんは仕方ねぇ、屁と一緒だ屁と。
上の口から出るのも、下の口から出るのも一緒でしょうが。
そう、憂い顔で銀時がへらりと笑うと今度は新八の口から溜め息が漏れた。
「そんな、顔して笑うぐらいなら、さっさと仲直りすりゃ良いのに」
「……」
銀時と土方の関係など、とうに知っている新八の口から吐き出されたのは、呆れるような、それでいて咎めるような言葉だった。無言でそれを聞き流し、歩みを止めず、真っ直ぐにスーパーへと向かう。
自分でも痛いほど分かっている情け無い現状を、10以上下の少年に諭されるのは、ちっぽけなプライドすらもズタズタになっていく気がした。
(俺だって、)
早く、あいつに会いたい。
会って、謝って。
いや、謝るのは無理かもしれないけれど、ちょっと悪かったかも? なんて誤魔化して。同じ身長なのに自分よりも華奢な身体を抱き締めて、真っ白な首筋から唇を這わせて、薄い唇へ存分に口付けたい。
『ごめんね』
そんな情けない声で耳朶を食みながら囁けば、愛しい恋人の頬をはきっと鮮やかな桃色に染まるだろう。鼓膜を直接揺らすような低い声に弱いなんて、とうに知っている。
『…、別に…オメーが悪いわけじゃないし…』
聞こえないほどの小ささで恨み言を呟きながらも、きっと抱きしめる腕から逃げようとはしないだろう。無反応を装った享受に笑みを零して、銀時は3週間前よりもやせ細った愛しい身体をめいっぱい抱きしめるのだ。
そうして、この無駄に過ごした3週間を取り戻すぐらい、甘い時間を過ごしたい。
(願うのは出来んだけどなぁ)
行動に移すのは本当に難しい。
求めることすらに躊躇してしまうのを年の所為にするのは些か不本意だけれど。
きっとそういうことなんだろう。
傍に居て欲しい。
好きだと囁きたい。
温かい肌に触れて、どこに行かない(逝かない)安心を手に入れてしまいたい。それが無理なことは、とうに知っている。そして、そんな手の届かない彼だからこそ焦がれているのも自覚している。
(情けねぇや…)
秋の風が吹いて。
カサリと足元の枯葉を舞い上げる。
どこからか薫る金木犀の香りが鼻腔を擽り、銀時は目を閉じ、足を踏みしめた。
そうこうしている内に、行きつけの大江戸スーパー前。
自動ドアに吸い込まれようとした瞬間だった。
「あれっ?」
「あっ」
左右から上がった声に銀時は足を止めた。
右には嬉しそうに頭を下げる新八。
首を捻り、左を見ると「久しぶりだね」なんて声を掛け笑う地味な顔。
そして、
その地味な顔の背後には、心底嫌そうな顔の恋人の姿。
互い二人だけなら顔を逸らして歩みを変えることも出来ただろう。気まずげな二人のことなど意にも介さないように、新八と地味は立ち止まり挨拶を交している。
「山崎さん、お久しぶりです。最近あまりお見かけしませんでしたね」
「新八くん元気そうだねー。ちょっと、仕事でかぶき町を離れてたもんだからさ」
「お勤めご苦労様です」
「いやいや、仕事ですから。なんちゃって」
へらへらと笑う地味な顔を引っ叩いてやりたいと、これほどに思ったことはない。
行くぞ、と新八に視線だけで促すと、さきほどの仕返しか、無視をされる。さらに、そのまま山崎と立ち話を始めたものだから、いよいよ銀時は困ってしまった。
ちらりと視線の端で捕らえた恋人は、そっぽを向いて煙草を吸っている。山崎や新八、銀時には一切関わらないというスタンスを決め込んで、この場を乗り切ることに決めたようだ。
「聞いて下さいよ、銀さんここ3週間ぐらい恋人と喧嘩してるらしくって」
思わず、バッと勢い良く新八の方を向いてしまった。
したり顔で、呆気に取られる銀時を置いてけぼりにし、言葉を紡ぐ。
「素直に謝りに行けないもんだから、毎日溜め息ばっか吐いて鬱陶しいったらないんですよ。情けないと思いません? 良い年した大人が。でも、本当にその恋人のことが大事みたいで、昨日の夜なんて、僕が帰る前に何て言ったと思います? 『会いに行って、フラれたらって思うと、会いに行けねぇんだよなぁ』ですよ? もうね、どこの乙女かと思って笑いそうになりましたよ。折角、依頼料で懐も暖かいんだから、お酒でも買って会いに行けば良いと思うんですけどねぇ」
(お前は、オカンか。っていうか、俺は昨日の夜そんな恥ずかしいことを言ってましたか。酒の力の所為で、綺麗さっぱり覚えていませんけど!? いや、絶対今、顔真っ赤だよね。夏じゃねぇのにこんなに暑いとか、コレ確実に銀さんの顔真っ赤だよね。ちょっとぉおおおおお、何てこと言ってくれてんのぉお、アイツそこで立ってこれ聞いてんじゃねぇか、おい、恥ずかしくて死にそうなんですけど!?)
逃げ出したいと思うのに、坂田の足はその場に縫い付けられたように動かない。
土方の方向は怖くて、見ることが出来なかった。
「旦那でも、恋人相手じゃ形無しだねぇ。でも、それ言ったらうちの副長も、ここのとこ恋人と喧嘩してるみたいでね。夜遅くまで仕事してるかと思ったら、じっと携帯電話見つめて何回も溜め息吐いてるんだ。そんなに声が聞きたかったら電話すれば良いじゃないですかって言ったら、あの人なんて言ったと思う? 『出てくれなかったら、どうすんだ…』だよ? 鬼の副長がどんだけ臆病風吹かせんだって。でも、そんだけ大事で大好きだから、色々考えちゃって動けなくなってるんだと思うと、副長も人間なんだなぁーって思っちゃってさ」
ハハハと笑う、地味の背後で砂煙が上がった。
まさに脱兎。
山崎テメー切り殺すの台詞も無く、まさかの敵前逃亡。
(おいおい、敵前逃亡は士道に背くから切腹だっていつもオメー言ってんじゃん)
そう思いながら、零れる笑みを押さえきれず、新八と地味に声も掛けず、砂煙を上げて逃げる黒の隊服を追いかけるべく、坂田の足は勝手に走り出していた。
今までの付き合いで、思考が似てるなんて嫌ってほど分かってたのに、どうして気付かなかったのだろう。
俺が不安なことは、あいつも不安。
俺がしたいことは、あいつもしたいこと。
(なんだ…)
結局はお互い様なんじゃねぇか・と。
もう、不安なんて微塵もなかった。
重い隊服と刀の土方より、着流しと木刀の銀時のほうが些か身軽だ。
それに、いつもパトカーで移動してるアイツに比べて、(自慢は出来ないが)ツケの回収から走って逃げ回っている銀時のほうが、きっと脚力もある。
(もう、怖いもんなんざねぇな)
そうなると、後は全身全力で追いかけるのみ。
「土方っ…!」
「うるっせぇ!! 追い駆けてくんなっ!!」
「じゃあ逃げんなよっ!!」
「逃げてねぇっ!」
「逃げてねぇなら止まれって!」
「止まれって言われて止まる馬鹿が居るかボケがぁあっ!!」
「止まれって言われて止まらねぇのはただのアホだろうがぁぁっ!! っ、クソッ!」
耳まで真っ赤に染めて、互いに叫びあう。
通りを行きかう人が祭りか、喧嘩かとヤジを飛ばす。
「銀さーん、喧嘩してんのかいっ!?」
「ほどほどにしときなよぉ!?」
「副長さん、銀さんに捕まんじゃねぇぞぉ!」
「銀さーん、がんばってぇ!」
「おうよっ!ちょっとした痴話喧嘩だから、大丈夫っ!」
「おまっ…誰と誰が痴話喧嘩だゴラァッッ!!」
さすがに聞き捨てならなかったのか、土方が真っ赤な顔のまま急停止し、振り返り刀を抜く。
そうこなくっちゃと、脇に差していた木刀を銀時が構えると、やっと二人の視線が絡み合う。
3週間ぶり。
真正面から睨み合う。良い年した男同士。
なぁなぁで喧嘩を終わらせるには勿体ない本気の関係。
口下手なのはお互い様だから、こんなやり方しか出来ない。
不器用なのは分かっている。
意地の張り合いなど、いつもの結末を辿ることしか出来ない。
きっと、馬鹿みたいに言い合いをして手や足が出て最終的に真剣を抜く恋人の身体を無理矢理押し倒し唇を奪い合い、握られた剣が指から零れ、その手が背に回る ―
それまでの、わずかな時間。
久しぶりの喧嘩を楽しむのも、悪くない。
零れる笑みと、突きつけられた切っ先と、
絡み合う視線があれば、
それで十分だと、互いに笑い
振り上げ、交わった刀がキンッと音を立てた。
了
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猫六九 ケンカプチの無配でした。
ツルマツの漫画はそのうちpixivに
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