五月五日




 ここ数年、恒例になった行事がある。
 念のために設定した目覚ましより早く目を覚まし、勢いをつけて布団から身を起こす。障子越しに透ける陽の光に、折角だから布団を干すかと思い立ち、温もりの残る掛け布団カバーとシーツを剥ぎ取る。敷布団と掛け布団を畳み、重ねて両手で抱え持った。
 襖の縁に足の指を引っ掛けて強く引けば、スパンとこ気味良い音を立てて開く。大型連休で休暇を言い渡しているため、行儀を咎める従業員も居ない。行儀の「ぎ」の字も知らないような同居人に関しては、まだ夢の中。横目で見やった押入れからは微かな寝息が聞こえる。
 今日はやる事が山積みだから、相手をしている時間は無い。玄関の鍵は昨日の夜から開けっ放しだったようで、布団を抱えたまま下駄をつっかけ、格子の引き戸を足で開ければ、眩しいほどの光が目に痛い。
 五月の陽気。まさに五月晴れ。
「良い天気だ…」
 誰ともなしに小さく呟き、玄関前の手すりに布団をどかりと下ろした。半分に折り曲げて、手すりに並べて天日干しする。この天気ならば、今日の用事を済ませて帰ってくるまで放置しても問題ないだろう。きっと良い一日になる。干された布団を満足気に見つめ、銀時は今日の計画を思い出し、ほくそ笑みながら踵を返した。

 昨日のうちに買ってあった食材や貰った材料を台所のカウンターに並べ、よしっと気合を入れる。貰い物の柏の葉を水を張ったボールに入れ、漬ける。やかんに水を入れ、コンロで火にかける。沸騰するまでの間に、作り置きしてある小豆あんを冷蔵庫から取り出した。小豆あんのかたまりを、少しずつ分けて丸め、皿の上に並べる。数十個の黒い玉が出来る頃に、やかんがピーっと甲高い音を立てた。
 火を止めて、すでに計り置きしてあった上新粉へ、ゆっくり注ぐ。熱湯と上新粉を馴染ませ、温度が下がったころを見計らい。手でこねて塊を作った。シンクで手を洗い、棚から借りている蒸し器を取り出す。
 濡れ布巾を蒸し器に敷いて、その上に上新粉の塊を置き、コンロにセットすると、時間はまだ1時間も経っていない。天気も良いし、作業も順調。言うこと無しの一日だ。
 蒸し上がるまで、あと数十分。その後は、記事を細かくしてから山ほどの餡子を包んで、準備した柏の葉でくるみ、数分蒸せば完成。さすがに人数分ともなると大量だが、蒸し器で数回に分ければ、何とかなるだろう。
 ジャンプでも読むかと欠伸を一つ。今日の依頼内容を思い出し、また笑みを一つ。
(また、嫌っそうな顔すんだろうなぁ…アイツ…)

     *

「毎度ォ、万事屋でーす。端午の節句のお届け物に来ました」
 借り物の3段の重箱に詰め込んだ柏餅は、風呂敷に包まれて、手元にずっしりとした重みを残す。この日ばかりは、屯所の裏手からではなく、正面の門の門番に声をかけて正攻法で。
「あ、旦那。毎年、ご苦労様です」
「んだ、ジミー君じゃん」
 土方直属の観察が、珍しく門番をしているのも、今日この日だからだろうか。そう勘繰ってしまうけれど、暢気そうにへらりと笑う瞳からは何も読み取れない。
「どうぞ入って下さい。局長も副長も今日はご自分の部屋にいらっしゃいますから」
「ふーん、」
 じゃあ、まぁ適当に置いて帰るわ。と言いながら、まずは依頼内容の一番最初へ。一番訪れる回数の多い、その部屋は屯所の中庭に面している、端にある。正面玄関から入る気にもなれず、何となしに縁側へ向かった。
 踏石に靴を脱ぎ、縁側の板張りを踏む。締め切られている障子の向こうからは、書き物の音と、煙草の匂い。
「相変わらず、仕事が大好きだねオメーは…」
「勝手に入ってくんじゃねぇ」
 声を掛けながら、障子を引くと、煙草をふかしながら文机に向かう土方が、こちらを見ようともせずにバサリと言い切る。いつもと同じ対応なので、気にはならない。風呂敷包みを畳みの上に置き、腰を下ろすと、さすがに銀時の方へ視線を投げてきた。
「んだ、今年もかよ…」
「毎年、ご贔屓にして貰って」
「近藤さん、経費の無駄だから止めろって言ったのに…」
 ブツブツ不満げに言う顔が、満更じゃないことなんて、分かっていた。
 それを指摘すると烈火のごとく怒鳴られかねないので口を噤む。今日ぐらいは喧嘩や言い争いも無く、ただ穏やかに過ごしたいのだ。

「まぁ、そんだけ愛されてんだって、自覚しなさいな」

 揶揄の響き無く言った言葉の意味は、土方だって分かっているはずだ。
 風呂敷の包みを解き、重箱の箱を開ける。並んだ緑の葉から覗く、白のつやつやした餅。台所へ行き、茶でも貰ってくるかと思うと、
「さっき山崎が置いていきやがったから、茶ぐらい入れてやらぁ」
 やはり、地味な癖に侮れない。
 土方が文机の上の急須と2つの茶碗を持って、銀時の方へとにじり寄った。土方が注いだ茶を受け取り、柏餅を勧めれば、土方は無言のまま口元へ運ぶ。

「甘めぇ」
「そりゃあ、愛が詰まってっからね」

 俺一人分どころじゃない。
 そう笑えば、組んだ足を崩して足蹴にされた。





オフ本「四季感懐」のおまけ2P小説。
誕生日のたびに、気恥ずかしくなるぐらいの想いを抱えれば良い。それが、きっと今ここに生きている証拠になるから。


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