☆心臓が喚き煩い

唇蝕様にて言葉を借りました。
[この心臓を君で満たしてほしい]にて


 ある日光の暖かい昼下がり。
 水遊びしているサトシに、木陰でうとうととしているアイリスと食器を片付け終ったデント。それぞれが好きなことを手持ちポケモンと過ごしていた。
 けれど、デントは片付けが終わり、することがなくサトシたちを見つめる。ああ、釣りでもしようかな。ちらり、とアイリスを見る。昼寝をするのも良い。どっちが良いかな? ヤナップに一緒に考えてもらい、とりあえずアイリスの隣に座ることにした。

「アイリス、眠たいのかい?」
 うとうととサトシたちを眺めていたアイリスが顔を上げ、デントと目を合わせる。
「うん、でも起きろと言われたら目が覚められそう」
「キバゴは寝てしまっているね」
「寝る子は育つ、ってね! そっか、もしかしたらキバゴの眠気につられているのかも」
 アイリスの膝で眠るキバゴ。眠気につられる? そんなことがあるのだろうか。非科学的な考えは納得できないデント。けれどアイリスが本当に眠そうなので否定し難い。

「デントは水遊びしないの?」
「迷ってるんだ。釣りでもしようかどうしようか。あ、隣にいられると落ち着かない?」
「ううん、大丈夫。でも、ますます眠くなりそう」
 へら、と笑うアイリス。
「ますます? そんなに眠たいの?」
「んー、なんていうのかな。ほら、あたしってほとんど野生のポケモンと過ごしてきたでしょ? だからなのかな、一人のときは安心して眠ることってあんまりないの」
「え、そうなの? そんな感じ全然……」
 デントの知るアイリスは、木の上で寝たり、時々はデントとサトシの間で寝袋で寝たりと、ぐっすり寝ているものだとばかり思っていた。だが、今考えてみれば、寝る場所に引っかかりがあるようにも思う。それはつまり、意外にも彼女は警戒心が強く、怖がりで、女の子らしい面があるということ。
「――いや、警戒するのは良いことだね。でも、それが一体?」
「うん、サトシとデントに出会えて、よく寝るようになったんだ、あたし」
「へえ。やっぱり大勢だと心強いよね」
「……言ってること分かってる? つまりは、今デントが傍に来てくれて安心してるってことなんですけど。誰でもなく、デントだから眠れるの」
「……サトシでもなく?」
「そう。サトシよりデント」
「僕の傍だから眠れるの? 安心して?」
「もうぐっすりね。警戒心がゼロって感じ」
「…………そこまで信頼されているなんて光栄だな。嬉しいよ」
 にっこり、と笑いかけると、アイリスも笑顔になった。

 まいったな。水遊びに夢中のサトシの方へ顔を向け、笑顔のままのデント。だが、心臓は激しく動いている。喚くような心音が耳にまで届き、デントには煩いくらい体中に響いていた。
 アイリスの発言により、どきどきとしているのだ。
 隣ではキバゴを撫で、再びうとうとするアイリス。
 今、この二人だけの時間である今、アイリスに触れてしまいたいと胸が締め付けられる。
 近いはずの距離が嫌になるくらい、もどかしい。
 満たされない感情に、デントは軽くため息を吐くのだった。



(心臓が煩くて告白も出来やしない)
121209
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