☆僕が掴んだその手をただ握り返してくれるだけでいいんだ
唇蝕様にて言葉を借りました。 [永遠の愛なんて約束しないよ]にて
雑貨屋に来たサトシたち一行。 女性向けの小物や、芸術溢れる絵画、布や壺が適当な位置に飾られている。 店内を見回していたデントは、綺麗なスミレ色のブローチを見つけた。手を伸ばすと、褐色の肌をした小さな手とぶつかった。見ると、アイリスと目が合う。 「デントも、このブローチを?」欲しいの? とアイリス。 「ああ、いや……アイリスに似合うな、って」目を逸らし、照れてしまうデント。 思わず手に取ってしまいそうになったブローチは、似合うと思った少女も狙っていたらしい。ならば是非とも買うことを勧めよう。こうして、本人を目の前にしても似合うのだから。 ちらり、とアイリスの反応を確認すると、重なったままの手に赤らむアイリスが隣にいた。 「……わっ!」 つられて頬が熱くなるデント。思わず声を出して驚いた。 そのまま、サトシが声をかけるまで二人は赤らんだまま黙って俯いていた。
あの日以来、アイリスは自分と同じように恋をしているのでは、と思った。 アイリスが好いていてくれていると気付いた。 告白をしたわけではない。 ただ、表情や仕草で気付いてしまったのだ。 アイリスの態度や声色で。 デントが話しかけるたびに動揺したり、二人っきりになると大人しかったり。 恋しているのだと、気付いてしまったのだ。 (本当に両思いだとしたら、僕はなんて幸せ者なんだろう!)
そんなある日の晩、サトシがお風呂へ行っている今がチャンスだ、とデントがベットに座るアイリスへ話しかける。 「あの、アイリス?」 「なに?」とアイリス。 デントは笑いかけてくれるアイリスに胸を打たれた。なんてチャーミングなんだろうか。次第に愛おしさが増し、考えていた告白を忘れ、今の気持ちばかりが口からこぼれる。 「僕は、フォンダン・オ・ショコラのように中心が、僕のハートが、甘くとろけてしまっているんだ。アイリスに夢中で。良識ある行動が出来なくなってしまうほど、僕は君が……好きで堪らない、」 心臓が爆発するのかと思った。 ドゴンドコンと体に響く心音。 けれど、まるで応援する太鼓のようにも思えた。おかげでスムーズに告白していくデント。 太鼓、といえば、サトシの試合で太鼓を何処からか持ってきたアイリスと(アメージングではあったけれど)一緒に応援したことがあった。あのときと違い、心臓は苦しいけれど、不思議と力が湧いてくる。 「返事は、今直ぐではなくても構わない。ただ、伝えたかったんだ。僕の気持ちを」 「あ、あの、デント?」 跪き、アイリスの手をとる。 「シルブプレ。返事はいつでも良いけれど、僕の好きなときに、君へ愛を囁くのは許しておくれ」 「そ、あたしは、ああ、あの、」 混乱しているのだろうか。 口をぱくぱくとさせ、デントを見下ろしている。 「……突然すぎたね、ごめんよ。ただ僕は君を愛しているだけなんだ。ジュテーム、その言葉で僕の気持ちが伝わるのなら、何度でも言わせてほしい」 ジュテーム(僕は君を愛している)、そう呟くデント。 指でアイリスの手を軽くさする。 強く包み込んでしまいたい。 手の甲にキスをしようとしたそのとき、 「あ、あたしも伝えたい!」 とアイリスが焦るように言った。 「あたしだって、デントに気持ちを伝えたいの。でも、緊張して、頭が混乱してて、なんて言ったら良いのか分からない」 どうしたら良い? 困った表情で必死にデントを見る。 「はは、それを僕に聞くかい? アイリスの気持ちが分からないのに」 「嘘、知ってるくせに」 赤らんで睨みつく。 「あたしの気持ちなんて、もう知ってるくせに」 「……本当に? でも僕の勘違いかもしれない」 「勘違いじゃないわよ!」 「だったら、好きだという確信が欲しいな。僕が掴んだその手をただ握り返してくれるだけでいいんだ。もう、それだけで、僕は泣きそうなくらい幸せになれる……」
アイリス、僕の恋人になってくれる? そう問うと、両手で握ってくれた。 いくらでも握り返してあげるわよ、と真っ赤なアイリス。 緊張して、話しは出来なくなったが、デントはベットへ膝を突くようにしてアイリスに触れようと、唇を近付ける。 涙が出てしまいそうになる。 嬉しい、掴んだ手が温かい。 ゆっくりと目を閉じて、吐息を感じていると、廊下から賑やかな足音が聞こえてきた。 「ただいま! 此処のお風呂さ、すっごく広い……」 開いた扉から入ってきたサトシとピカチュウたち。 ベットへ寝ているアイリスと、床に倒れているデントを見て「ん? 風邪ひくぞデント」と首を傾げるサトシたちだった。
(ジュテーム、心音に感謝を……) 121221
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