☆恋とよんで頂戴よ
唇蝕様にて言葉を借りました。 [君の帰る場所が僕の腕の中であったらいい]にて
まだ薄暗いのに、目を覚ましたデント。 隣でピカチュウと眠るサトシを見て、木の上を見上げる。 しかし、木の上には何もない。いや、正確には誰もいないのだ。いるはずのアイリスが、何処にも。キバゴさえいない。荷物はあるが、姿が見えないのだ。 こんな朝早くに、キバゴと何処へ? デントはサトシたちを起こさないように寝袋から出ると、真っ暗な森の中を見つめる。 「いくらポケモンと一緒だからって……何処まで行ったんだろ」 確か、右方向は行き止まり、崖があったはず。 デントは右へと向かうと、安堵した。 崖から少し離れた場所に、アイリスが座っていたから。 キバゴも一緒だ。膝の上で良い子にアイリスに抱っこされている。
「アイリス、おはよう」 「え、デント? もう起きたの?」 アイリスこそ、起きるの早いよ、と笑いながら隣に座る。 軽くキバゴに触れて、 「どうしたの? 何かあった?」 と空を見上げて聞く。 「ううん、目が覚めちゃっただけ」 と同じく空を見上げるアイリス。 空は暗いとはいえ、夜ほど星は見えなかった。 「キバゴも一緒に起きたのかい?」 「……ううん、起こしちゃった、あたしが」 「アイリス、聞いても良いかな? どうして此処に来たりしたのか」 窺うようにしてアイリスの方へ顔を向ける。 すると、アイリスはにっこりと笑いながら「ただの散歩よ」と言う。 「キバゴを起こしてまで?」 「早く起きちゃって暇だったから。キバゴには悪いなって思ってる」 「キバゴには素顔を見せられて、僕には見せられないのは、どうして?」 笑顔のままのアイリスを見上げるキバゴは、困った様子だった。 きっとキバゴにはデントを邪魔に感じているだろう。理由は、アイリスが作り笑いしているから。デントに心配かけまいと隠しているから。早く何処かへ行ってくれ、とキバゴはデントを見ているのだろう。 けれど、デントは何処へも行かない。
「怖い夢でもみた?」 「怖い……? 夢は、みたけど……。他人からしたら、怖いのかもしれない」 「どんな夢をみたんだい? ほら、人に話すと悪夢は正夢にならないんだよね? 僕で良かったら話してほしいな」 「デントにしては珍しいんじゃない? そんな非科学的なこと言うなんて」 だって、君は信じているから。だから、説得力があると考えたデント。 だが、アイリスはためらっていた。 「僕に話すのは嫌かい?」 「えっと、悪夢では、ないと思うから、」 怖いけれど悪夢ではない? サトシたちから離れ、此処に来た理由は夢に原因があると推理したデントだが、だんだん分からなくなり、ただ本当に早く起きすぎて暇だったからなのではと考え始めた。キバゴを起こしたのは、一人では怖かったから連れて来た、その方が辻褄が合う。 だとすると、デントが勝手に妄想し、アイリスの支えになりたいと空回りしていただけになる。恥ずかしい、考えれば考えるほど恥ずかしくなり、デントはキバゴやアイリスの目を見られなくなってしまっていたのだが、
「なんて夢かは分からないけど、デントが夢に出てきたの」 「――僕?」 横目でちらり、とアイリスを見る。 アイリスは頬を少し赤く染め、こくりと頷いた。 地平線から日が昇り始める。互いの顔がはっきりと見えてきた。 「あたしとデントしかいない夢だった」 「それが、怖い夢だったの?」 軽く横に首を振ると、デントの方へ顔を向け、目が合った。 「夢の内容は話せないけど、あたしとデントしかいないその夢が、少し良いなって思っちゃったの」 潤んだ瞳。うっとりとデントを見つめる。 夢の内容が話せない? デントは口元を緩めた。話しているようなものではないか、と。良いなと思ったなら、実現させようよ。そうデントが言うと、アイリスは真っ赤になって慌てる。 ますますデントは実行したくなり、そっと、キバゴの目を優しく手の平で隠した。
(その夢は恋とよぼうよ) 121212
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