ハイドランジア(織田信長)
戦なんて、嫌い。
大嫌いよ。
「・・・で、あるか」
「怒らないの」
「ふん、それもまた興、ぞ」
そんなこと、武家の嫁が言っていいのか。
いや、駄目に決まっているんだろうけれど、目の前のこの男は笑うだけだった。
「だって、みんな死んでゆくのよ」
「うぬの男は潔い死に様であったぞ」
「貴方が一突き、ですもの」
「最期まで信長を殺す眼をしておった」
「彼らしいわ」
私の父も、兄も、夫も。
皆、この目の前にいる信長という男に殺された。
家は全部燃やされ、残ったのは私と働いていた女たちだけ。
女たちは戦の前に避難させたから命は助かっただろうけれど、働く場を失ったものだから今頃路頭に迷っているだろう。
うまく新しい働く場を見つけられればいいが、もしかしたら体を売っている女もいるかもしれない。
そんななか、私はどうしてここにいるのだろう。
家族の仇である男に体を預け、その温もりに笑みを浮かべているのだろう。
「燐」
「なに、信長」
「愛とは何ぞ」
「献身、にございます」
「献身、か。似合わぬ言葉よ」
「あなたを愛していないもの」
「・・・ククク、信長に尽くしてみせよ」
「私にあなたを愛せと言うの?」
その質問に返ってくる言葉はなく。
彼はただ、私の黒く長い髪を愛でるだけ。
私に愛せと言うのに、彼は愛を語らない。
その低く誘うような声で愛を告げられたら、私は夫を忘れて彼を愛してしまうのだろうか。
恐ろしい。
他の誰でもなく、自分が。
「あなたは私に愛を囁いてくれないのね」
「クク、うぬは信長の愛を求めるか」
「愛を求めているのはあなたでしょう?」
「・・・座興よ」
私の首に揺れる、異国の首飾り。
無骨な彼の手から渡された、似合わなすぎるくらい可憐なそれは、重苦しいほどに私は彼の所有物なのだと突きつけてくる。
なんて、ひどい人。
私に愛を与えてはくれないのに、私を奪うなんて。
憎たらしくなって未だに私の髪を撫でる信長を睨み付けると、彼は面白そうに笑った。
「良い、良いぞ。もっと信長を愛せ」
「最悪ね。釣った魚にはエサを与えなくちゃいけないのよ」
「釣ってなどおらん。奪ったまでよ」
「随分な屁理屈ね」
でも、きっともう戻れない。
皆を殺してまで私を手にしたこの男の冷たい愛に、私はもう捕まってしまったのだから。
「信長、私を愛して」
「興じよう、ぞ」
降りてきた唇に私は抵抗しなかった。
触れた唇は、やはり冷たかった。
end
(あなたは冷たい)
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