ジギタリス(立花宗茂)
俺は彼女の気持ちを知っていた。
そう言ったら彼女はどのように思うのだろう。
驚くのだろうか。
涙を零してしまうのだろうか。
それとも―――
「宗茂様っ、宗茂様」
「燐か。久しいな」
「お変わりないようで・・・ってそうじゃなくって」
「俺の婚礼のことか」
立花家の人間になる。
そのことが決まってから、俺は彼女に言うことはなかった。どうすればわからなかった、というのが理由に近い気がする。
好意を全面に表したような話し方や笑み。
ふとしたときに見せる憂いた顔。
赤みを帯びた頬と、潤む瞳。
どんなに考え抜いても、彼女が俺を慕っていたことは間違いがなかったからである。
しかし、もしかしたら・・・言わなかったのは彼女にとって偽善的なのかもしれない。
うぬぼれなのかも知れない。
ならば、他にどのような方法があった?
「そうです!宗茂様、高橋家はお継ぎにならないのですか」
「ああ、そうだな」
「高橋家を去るのですね」
「ああ、そうだな」
「燐は・・・・・・高橋の女中だから、お別れですね」
・・・ああ、やはり泣いてしまいそうだ。
きっと誰かに聞いて、急いで駆けつけたのだろう。
髪はあちらこちらに散らばり、息は弾み、着物も少しばかり着崩れてしまっている。
彼女に告げても告げなくても、結果的に彼女は知ってしまって泣いてしまうのだから、やはり秘密裏にしない方がよかったのだろうか。
「おめでとうございました」
「ああ・・・ありがとう」
「燐は・・・宗茂様が立花家の人間になっても、お仕えはもう出来ませんが、私の主は宗茂様のままです」
「ああ」
瞳を潤ませながらも、笑みを浮かべる彼女の涙を俺は拭うことは出来ないのだろうか。
その小さな体を己で包み込んではいけないのだろうか。
「宗茂様、最後にお願いが一つございます」
「ああ」
ああ、その小刻みに震える小さな体が愛おしい。
真っ赤に彩られた頬が愛おしい。
「一つだけ、私に思い出をください」
「・・・・・っ」
想いを伝えられないが、それでも一つだけ。
その口元を抑える小さな手を引っ張って、俺だけのものにできたら。
「あっ、あの、出過ぎた真似を・・・っ」
「俺を許すな、燐」
愛のひとつも囁いてやれない。
俺の元へ置いておくこともできない。
俺が彼女の傍にいてやることもできない。
ならば、思い出を言い訳にしてしまえばいい。
「む、ん、宗・・・っんう」
「許すな」
「ふあ・・・っあ」
せめて一瞬だけでも彼女を俺のものにできたら。
ああ、こんなにも愛おしいのか。
口吸いごときに涙が零れそうにもなるのか。
「俺を許すな、燐」
「・・・・・・・・・はい」
俺を一生許さず、一生俺のことばかりを考えていればいい。
涙を零し、俺を想い続ければいい。
俺を許すな。
こんな愛でしか表現出来ない俺を許すな。
たとえどんなに遠くとも
二度と会えないのだとしても。
end
(隠しきれない恋)
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