ガーベラ(雑賀孫市)







その流れる漆黒の髪は絹のよう

流れる髪からのぞく白い肌は玉のよう


そこに咲く唇は椿のよう

火照る頬は白桃のよう






世の女性は皆、美しい






「で?」

「え、で?って」

「だからそれをあたしに言って何だってんだい」



今から遡ること半刻。


威勢の良い声が聞こえてくる団子屋の看板娘。

その娘の元へ訪れた男が女の善し悪しを語り出してからもう半刻となる。


「世にたくさん女性はいるが、君ほど美しい女性はなかなかいないってことさ、燐」

「暑さで頭が湧いたかい、孫市さん」

「今は冬だぜ、燐」

「あら、こんな季節で湧くだなんて希有なお方だねえ」


善し悪しを語り出したかと想ったら、今度は娘を口説き始めたが、娘は店が忙しいのか男をはなから相手にしちゃいない。

そんな光景にも慣れているのか、めげずに甲斐甲斐しく口説き続けている。


娘の名は燐、気さくで明るい娘。

世では少しばかり遅めの独り身の娘だが、あれだけのいい女、いくらでも嫁の行き先はあるのだろう。

それでも男に目もくれず、毎日団子屋の店先で威勢の良い声を上げて客を迎えている。


「いらっしゃい!」

「よお、燐さん。団子3本おくれ」

「はーい、まいど!」


孫市にばかり付き合っていられない、そう告げるかのように次々とやってくる客に駆け寄る燐。

そもそも最初から相手などしていないのだが。


孫市の口説き文句をするりと躱し、別の客の元へと向かう燐に、孫市はつれないぜとこぼした。



「燐」

「はーい」

「団子、ごちそうさん」

「お粗末様でした。お勘定いつものとおりだよ」

「へいへい」


差し出された小さな手に銭を乗せると、燐はまいど!といつもの愛らしい笑みを孫市に向けた。

手を視線で辿ると、そこから伸びる手は華奢で白く、しなやかであった。


その視線に気付いたのか、燐は不思議そうな顔で孫市を見つめた。

何か変なことでも言ってしまっただろうか、もしかしたら今日の団子が不味かったのかもしれない。


不思議そうな、でも若干不安そうな顔にやっと気付いて、自分は変態かと孫市はひっそり心の中で毒づいた。



「孫市さん?どうかしたのかい」

「いやあ、何でもないんだ」

「団子、もしかして不味かったかい?」

「そんなことないさ。燐の団子は天下一品だよ。それこそ秀吉も喜ぶかもしれねえな!ついでだ持ち帰りで一つ包んでくれ」

「わ、わかったよ。今包んでくるから」


何だかうまくはぐらかされた気もするが、まずは持ち帰り用の団子を用意せねばといそいそと奥へ戻ってゆく燐。その姿を見て孫市はほっと一息をついた。

一連の騒動を見て、団子を頬張っている他の客たちはくすくすと笑い始めた。


「あっはっは、孫ちゃん相変わらず相手にされてねえなあ」

「うるせえや、これからだよこれから」


「いっやあ〜今日こそ射止めると思ったが、こいつぁまだまだ先だわな」

「そうそう!あ〜んな愛おしそうに燐ちゃんの腕を見つめちゃって、ねえ」

「いっそのこと腕を引っ張っちまって、愛してるくらい言っちまいなよお」

「『燐、愛している』」

「『孫市さん・・・っ!!』」

「「ってな!!」」

「「「ぎゃーはっはっは」」」


どうやら燐を口説きたいのは周知のことのようで、常連たちにすっかり笑いのネタにされてしまっている。

早く口説いちまえと唆す者、ちゃちゃを入れる者、終いには孫市と燐を演じて冷やかす者までいる始末。


「てめえら・・・つ」

「孫ちゃん孫ちゃん!さすがに火縄は・・・っ」

「・・・ちっ、そんなんでうまくいったら今頃苦労なんざしてねえんだっての」

「何を苦労してるんだい?」


神出鬼没とはまさにこのことだ。

声のした方に振り向けば、おそらくお土産用の団子であろう包みを持った燐がいた。


「えっ?いやあ、たいしたことじゃねえんだ」

「そうなの?これ、秀吉様によろしく頼むよ」

「あ、ああ。秀吉も喜ぶよ」

「じゃあ、また来てくださいね」



次の仕事が残っているのか、また奥へ下がろうとしてしまう燐。

客どもの言いなりになるのは些か気にくわないが、せっかくの機会をムダにしてしまうのも何だか気が引けてしまう。

どうすりゃいいんだとごちゃごちゃ思考が巡ってゆく。

あれほど軽口を言えた口が開かない。

あれほど戦場を駆け巡った足が動かない。



「ああそう、孫市さん」

「・・・へ、ああ、何だっけ」

「言い忘れたけど、あたしは行き遅れだし口説くならさっさと口説くことだね」



じゃ、


何事もなかったかのように奥へ去ってゆく燐。


は?今なんて言ったんだ?







「燐っ!!」


「な、なんだいそんなに大声だして」




「俺のとこに嫁に来てくれ!」






世の女性は皆、美しい。




けれども、大輪の花のように笑った


彼女の笑みは世界で一番美しくて



俺は一生忘れられない。









なお、この結婚騒動が町中にあっという間に広まったのは言うまでもない模様。




end


(神秘的な美しさ)

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