アザレラ(毛利元就)
「ねーえ」
「なんだい?」
「んふふ、なんでもない」
「ねー、大殿」
「なにかな?」
「なんでもなーい」
さっきから何回、繰り返したんだろう。
大殿の胸元に背中を預けて座って、寄りかかって、あたたかさに嬉しくなって。
大殿を呼んでは返される言葉に喜んで、何でもないと白をきっては頭を撫でられることに喜んで。
「さっきからどうしたんだい?燐」
「ふふっ、何でもないの」
「何でもないのに呼ぶのかい?」
「何でもないけど意味はあるのー」
わかるはずもないだろう、大殿だって神様じゃあないんだから。
うーん、と私の頭の上にある大殿のお顔は、さっきから唸ってばかり。
自分の顎に手をやってうんうん唸りながら考えているけれど、もう片方の手は私の頭を撫でたまま。
そんなところも格好いい。なーんて。
「大殿、何だか良い香りするね」
「え?そうかな」
「うん、お日様みたいな」
「うーん、わかんないなあ」
さっきまで顎にあった手を、今度は鼻へ。
自分の手とか羽織物とか、いろいろ嗅いでみるけれど、わからないみたい。
「良い香りだよ」
「ずっと縁側にいたからかな」
「そうなのかなー」
振り向いて、胸元をすんすん嗅いでみるとやっぱりお日様の香り。
大殿にぴったり、お日様。
「燐は花の香りがするね」
「お花?」
「うん」
「でも香は焚いていないよ」
「うん、着物というより君から香ってくる」
「なんでだろうね」
私の香りはお花の香りみたい。
さっきの大殿みたいにあちこち嗅いでみても、そんな香りはしなかった。
「なんだかおもしろいねー」
「そうだね」
にこにこ、大殿はいっつも笑顔。
時々、ふにゃあって溶けちゃいそうな笑顔のときもあるけれど。
きっと、私もおんなじだね。
私もきっと嬉しそうな顔をしているんだ。
「大殿、明日は餡蜜を食べよ」
「餡蜜かい」
「うん。私が作ってあげる」
「おや、めずらしい」
「大殿に食べてほしくって」
「ふふ、楽しみにしているよ」
「餡蜜食べたら、一緒に中庭を散歩してー」
「うん」
「次は、一緒に本を読むの」
「いいね」
「夜は一緒に眠ろうね」
「ふふ、それはいつもじゃないか」
「あ、そっか」
風は吹いてないけれど、さらさら流れる髪。
大殿の大きな手で撫でられて、梳かれて。
時々、その手は私の頬を撫でていく。
そのあたたかさが当たり前のよう。
「燐」
「なあに?」
「なんでもないよ」
「あー、真似されたー」
「燐」
「どうしたの?」
「愛しているよ」
「ふふ、私も」
こんなに私、幸せでいいのかな?
溶けて、溺れてしまえそう。
もっともっと愛してね。
私をもっと幸せにしてね。
だーいすきよ、大殿。
end
(あなたに愛される幸せ)
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