それでも優しくできない(甘)






お題サイトDOGOD69様より









「もう、朝餉の時間になりますよ」

「あァ」


「よろしいのですか」

「まァな」


「わんちゃんも心配しておりますよ」

「うるせぇ」




このような会話を続けてどのくらい経ったのでしょう。

ずっと氏康様は私の投げかけにも適当に応答するだけで、あとは微動だにしません。

私はというと、氏康様のお膝の上に乗せられ、抱き枕のように抱かれたまま。

嬉しいのですけれど、氏康様はずっと私の首もとに顔を埋めているものですから、まったくお顔が見えません。

ぎゅうっと力強い腕に抱きしめられ膝に乗せられたまま、どのくらいの刻を過ごしたのでしょう。



「氏康様、重くありませぬか」

「重くはねえな」

「・・・」

「阿呆、嘘だ」



そのくらいで拗ねてんじゃねェ、と私の顔も見ずに答える氏康様は、やっぱり顔をお見せになってはくれない。

ずっと私を抱き枕にしたまま。


特に何かする気はないのでしょう。

けれど、腕の力は緩まず、私は解放されないまま。



「もうっ、朝餉の準備も出来ませぬ」

「だったらもっと抵抗してみろよ」

「私の力などたかが知れてるでしょう」

「だったらこのままでいろ」

「・・・もう」



何か思い悩むことでもあるのでしょうか。

それとも何か嫌なことでもあったのでしょうか。


思いは巡れどまったく思い当たる節がございません。

けれど、こんな駄々をこねる童子のようなお姿はきっと何かあったはずです。だって、いつもはもっと強引で自信に満ちあふれたような方ですもの。

それなのに、今はまるで壊れ物を扱うように優しく髪を梳いては強く抱きしめるだけ。



「氏康様、お身体の具合がよろしくないのですか」

「ンなことはねェよ」

「・・・そうですか」

「おい、カミさんよ」

「なんです?」

「お前さん、俺が変だと思ってるだろう」

「・・・否定はできませぬ」

「そーかよ」



また、だんまり。

やっぱり今日の氏康様はどこか違います。

けれど、私にはその原因がよくわかりません。


わかりませんから下手に聞くこともできません。



「・・・氏康様」

「あァ?」

「離縁ならいつでもお受けしますが」

「・・・・・・はァ!?」



驚くような速さで私の首元からお顔を上げた氏康様。

まあ、珍しい。


・・・もしかして、これは違ったのかしら。



「ふざけんじゃねえ」

「あら、やっぱり違いました?」

「ンなこと天地がひっくり返ってもありえねえよ」

「うふふ、すごく思い悩んでいらっしゃるものですから、てっきり離縁でもされるのかと思いました」

「お前さんの兄が蹴鞠をやめるくらい、ありえねえな」

「まあ、それはありえませんね」



兄上が蹴鞠を辞めるだなんて、それはありえませんね。

そんな日が来たら、それこそ槍でも降ってくるでしょうし、兄上が天下統一だってしてしまいそうです。おや、これは失言でしたか。



・・・だったら、一体なんでしょう?



「氏康様、だんまりでは燐は何もわかりませぬ」

「・・・あァ、わかってらあ」



至極言いづらそうに目線を合わせようとしない氏康様。

これはこれで珍しい光景ですけれども、今はそれどころではないのです。



「・・・氏康様、私に教えていただけませぬか」



私は、頼りにはなりませぬか?


力はありませぬし、お料理だってさして美味しくはありませぬけれども、私はあなたの妻となった女ですよ。

夫の悩む姿は私も見ていて苦しいのです。



「・・・・・・・・・俺はそんなにも優しくねえのか」

「・・・え?」



ぽつり、耳をすまさないと聞こえないくらい小さなそれは、氏康様がこんなにもお悩みになっていた原因でした。

ああ、ですからずっと抱きしめてくださったり、壊れ物を扱うように髪を撫でてくださったのですね。


ふふ、不器用で優しいお人。



「私は十分幸せですよ」



こちらが心配してしまうほどこんなに悩んでくださって、優しくない人ができるものじゃありません。

どなたに言われたのかわかりませんけれど、私があなたをお優しいと思っていれば、よろしいではありませんか。



「ねえ?氏康様」

「・・・ったく」



優しく子をあやすようにそう告げると、うちのカミさんが一枚も二枚も上手か、とぼそりと呟いて、バツがわるそうに煙管を吹かし始めて、どうやら氏康様のお悩みは解決したそうですね。

お身体は大きいにですけれど、まるで小さな子どものよう。


ふふ、照れ隠ししているあなたに言えばきっと怒られてしまうから、言いませんけれど。



「さあ、朝餉にしましょう?おなかが減りました」

「あァ、そうだな」

「わんちゃんがお庭で待っているでしょうから、お散歩にでも連れて行ってください」

「あァ」



のそのそといつもの服に着替えた氏康様は、自室からおそらくお庭に向かいました。

きっとわんちゃんが尻尾を振って待っているでしょうから。



さてさて、その間に私は朝餉の準備に取りかかるとしましょう。

先日、おねね様から教えていただいたお料理に取り組んでみましょうかしら。




「ふふ、それにしても珍しいお姿を見られました」




きっかけが誰かはわかりませんが、その方に感謝しなくちゃなりませんね。

厨房に向かうと上機嫌なのが伝わってしまったのか、女中さんたちから、奥様今日は嬉しそうですね、お館様が何かおっしゃられたのですか、と次々言われてしまいました。

それに、ええ、ちょっとと言うと、女中さんたちは首を傾げておりました。




私と氏康様の秘密、ですから。








end

(あら、お化けさん)
(氏康の面白い姿は見れたか?)
(あら、あなたのおかげだったのですね)

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