変わらないのは記憶の中だけ(死)
お題サイトDOGOD69様より
いつからだろうか。
私が右、あなたが左へ。
別々の方向に向かって歩んだのは。
「鶴翼で攻めてきましたね。困りました」
「うぬは困っておるのか。それとも笑っておるの、か」
「あれ?信長様ったら非道いお方ですねえ。私だって困ることはあるんですよ」
「クク・・・であるか」
信長の策士は、女。
戦国の世を駆け抜ける魔王の側には、いつも一人の女がいた。
名を燐という。
名家でもなければ、どこぞの姫でもない。
彼女の一家は農家で、もちろん彼女自身も農家の娘となるはずであった。
しかし、偶々信長の目に留まったことにより、彼女の人生は大きく変わった。
小さな農民の少女は、今では魔王の頭脳にまで成長したのである。
「燐」
「はい?」
「うぬは信長の世が見たいか」
「そうですね。見たいかと言われれば見たいです。ですが、佳人薄命という言葉がありますよう、先に信長様が私の元よりいなくなってしまいそうです」
「クク・・・座興よ」
あのときは確かに同じ方向に向かって歩んでいたはずだ。
あなたの一歩後ろを同じように私も歩んでいたはずなのに。
気が付いたら、私の前にはあなたはいなかった。
「・・・信長さまー」
どうして此処に私はいるのだろう。
「燐、行くで」
「うん、秀吉」
どうして私の前にはあなたがいないのだろう。
「燐、信長様の天下はワシが代わりに取っちゃる。だからもうちっと力を貸してくれ」
「・・・うん」
どうして私の頭を撫ぜる手はあなたではないのだろう。
「信長様、見えますか。天下は秀吉の世になりますよ」
どうして天はあなたではなくあの人を選んだのか。
「燐」
「信長様、ずっと付いていきますからね、私」
「クク、共に駆けてみるがよい」
「馬鹿にしてます?」
「興じよう、ぞ」
あたたかくて大きなあの手が愛おしい。
私の頭を撫でる無骨な手。
けれども優しい手。
「信長様、置いてかないで」
end
(涙を拭う大きな手はもう)
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