おわりははじまり(孫市/甘)
※江珠様リクエスト
あの、長かった戦乱が嘘のようだ。
見渡す限りの美しい花々が紀州の村に咲いている。
あの重かった火縄は私の背にはもうない。
風に揺れる花の音に耳を澄ましていると、後ろから聞き慣れた足音が聞こえてきた。
堅めの履き物が地を踏む、ゆったりとした足どりは彼以外いない。
振り返ろうとすると、長くて逞しい腕が私を包み込んだ。
「ただいま、燐」
「おかえり、孫市」
後ろから抱きしめられて与えられる暖かな温もりに、甘い疼きを覚える。これが恋慕であることに気付かないほど少女でもない私は、その温もりに頬を弛めた。
孫市は私の腰に腕を回し、私の肩に顎を置きながらふっと微笑んだ。
ああ、この平穏こそ私がほしくて仕方がなかったものだ。
「何してたんだ」
「花を見てたの、やっぱり故郷はいいなーって」
「あァ、そうだな」
孫市も思い返すように目を細めて、私を抱きしめたまま色とりどりの花たちを見ている。
ついこの間まではここは戦場だったというのに、もうその面影はない。
「ね、孫市」
「あー?、お、おいっ」
その平穏がむず痒くって、嬉しくて、振り返って孫市を抱き寄せると、その勢いで孫市の体が私に傾いた。
そのまま、孫市を抱きしめると、頬がほんのり赤くなった孫市と目が合った。
「おい、ずいぶん大胆じゃねーか」
「だって雑賀のみんなも知ってることだし」
「・・・ったく」
「だってやっと泰平の世になったんだから、このくらいはいいでしょ」
「へーへー」
ぶっきらぼうに目を逸らされたけれど、私になされるがままだからきっと嫌ではないんだろう。
寄せられた眉間の皺と、赤くなった頬がちぐはぐだけれど、そこが愛おしいと思う。
「秀吉に感謝だね」
「ああ、そうだな」
「こんな素敵な世の中にしてくれたんだもん」
「今度、大坂に行ってみるか」
「うん、いいね。そうしよう」
ふっと笑った孫市の表情は柔らかくて、きっと一緒に戦ったあの明るい親友を思い出しているんだろう。
戦ばかりのあのときでは、なかなか見ることの出来なかった柔らかい表情だ。
「燐」
「なに?」
「こっち向け」
「どうしたの・・・っ、ん」
頬に手を添えられて、優しく口付けを落とされた。
何度も啄むように続く甘い誘惑に、心臓がどくどくと鳴る。
聞こえてしまっているんじゃないか、と思うくらいに激しく。
それとは裏腹に、優しく撫でる大きな手に心地よさも感じる。
「もう、誰か見てるかもしれないのに」
「みんな知ってることだからって言ったのは燐だろ」
「でも、」
「顔、真っ赤だぜ?」
「誰のせいで・・・っ」
「俺のおかげ、だな」
また近付いてくる熱に目を伏せると、今度は深く甘い口付けをくれた。
呼吸を奪うような甘美な口付けに応えようとするけれど、孫市のせいでうまく出来ない。
唇の隙間から声が漏れるのが、ものすごく恥ずかしい。
立っていられないくらいに溺れている自分がすごく恥ずかしい。
でも、やめないでほしい。
「・・・っは、あ」
「悪ぃな、がっつきすぎた」
「もう、」
「燐」
「・・・なに?」
「あー・・・なんだ。結論から言うと、俺の嫁にこねえか」
頭が停止してしまいそう。
戦ばかりで、夢のまた夢のはなしだったのに。
それが、現実になるなんて。
「・・・うん、」
「俺でよければ、だけど」
「うん、孫市がいい」
「・・・ま、最初から拒否権はないんだけどな」
「そっちこそ、返品は出来ないんだからね」
「はは、しねえよ」
「そうと決まりゃあ・・・」
がし、と私の腕を掴んだのは孫市。
「よし、走るぞ」
「え、ちょっ、何っ!?」
さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったのか。
私の腕を掴んだ孫市が走り出したことにより、そのまま私もつられて走ることになった。
走って向かったさきは・・・雑賀の、みんなの里。
「よし聞けお前ら!」
「ん?孫市と燐ちゃんじゃねーか」
「なんだなんだ、戦か?」
「ばかおめえ、もう戦はねえよ」
「それもそうか、どうしたんだよ孫市ー」
「燐は俺が娶った!お前らにゃもうわたさねえからな!」
「「「「なにいぃいいいぃいい!?」」」」」
「てめえよくもおら達のアイドルを!!」
「あいどる?なんだそりゃあ」
「南蛮人が言ってたんだよ、天女様みてえなもんだ」
「俺たちのあいどるを返せーーーっ」
「あいどるを返せーーーっ」
「ま、孫市っ」
「あー?」
「何もこんな大声で・・・っ」
「お前を狙ってる男なんざごまんといるんだよ、牽制だ牽制」
「それにしたってっ」
「愛してるぜ、燐」
落とされた口付けに、悲鳴が聞こえた。
end
(おらだぢのあいどるがあぁあぁああ)
(ざまーみろってんだ)
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