「どうやらきちんと召喚師としての役目を果たせているようですね。一族の者として当然のことですが」
「はい」
「では、今後も家名に恥じぬ働きをするのですよ。そのために貴女を召喚師にしたのですから」
「勿論です、お母様。当たり前ではないですか」

なまえの言葉に、母親は疑わしいという目を向けた。完全に信じてなどいなかった。どうせお前のことだから目も当てられぬ醜態を晒し、家名を穢すに違いない。そう目が語っていた。それでもその目に耐え、笑顔で母親を見つめていれば「まあ良いでしょう」と何か諦めたように溜息を吐いた。そしてなまえに背を向け、別れも告げずに異世界調停機構から去って行く。
笑顔を張り付けながらそれを見送り、姿が見えなくなったところでその笑みを消し、建物の中へと入れば一斉に視線がこちらへ向けられるのを感じた。あまりの不快さになまえは少しばかり顔を歪めた。隅々まで探ろうとする、そういう視線だ。皆、視線を向けているのを悟られないようにちらちらと視線を向けてくるのがまた不快にさせる要因でもあった。

(この人達は、家名のことしか頭にないのだろうか)

吐き気がする。あの女も、他の奴らもそんなに家名なんてものが大事なのか。馬鹿らしい。頑張れば家名を継ぐ者として当然のこと。出来なければ家名を継ぐものとして恥ずかしい。何にしても家名がついてまわる。やはり響友に一足先に家に帰ってもらっていて良かった。こんな姿を見せたくはない。

「おい、大丈夫か?」

声をかけられ、そちらへと顔を向ければ同僚であるカリスが随分と心配した顔をして立っていた。その表情から、先程の母親とのやり取りを見ていたのであろうことは想像に難くなかった。

「……大丈夫って、何が?」
「いや、だって、さっきの…」
「別に。昔からああだから」

カリスはなまえの数少ない親しい人物の一人であり、よくなまえの心情を理解していた。古く有名で異世界調停機構内でも力のある家名に惹かれ、あわよくばおいしい立場になろうとなまえにすり寄ってくる者は多い。家のことばかりでなまえ自身と仲良くしたい気持ちなどこれっぽっちもない。そんな者達となまえは関わりたくもなく、何を言われ、されようとも無視し続けている。無論、響友やカリスのようにそういうことを考えずになまえを見てくれる者達もおり、そういった者達とはなまえは親しくしていた。そういった事情を理解しているからこそ、余計にカリスはこの状況に苛立ち、心配してくれているらしかった。

「何を言っても変わらないよ。変われるものならとっくに変わってる。家名のことしか頭にないから」
「でも、お前自身の頑張りが家名がどうとかってなるのはおかしいだろ。絶対に間違ってる。お前はお前なのに」

なまえとしてはそう言ってもらえるだけで十分なのだがカリスは納得いかないようで、不平不満を口にしていく。仕方なくこのまま好きに喋らせておくかと半ば聞き流す状態に入れば、そんななまえの様子など気にも留めず、だから、とカリスは続ける。

「そうだとしても何かあれば俺に言えよ。どれだけお前の役に立てるかは分かんないけどさ。お前のことはどうも放っておけねーんだよ」

聞き流すつもりでいたのに、つい聞いてしまい、耳を疑った。前々から思っていたことだが、カリスは意外とさらりとこういうことを言ってのける。きっとカリスからしてみれば思ったことを口に出しているだけなのだ。それになまえが特別だからというわけでなく、他の者が同じように困っていれば同じことを言った筈だ。こういう温かいところがカリスの魅力なのだろう。現になまえはその温かさに何度も救われているし、今もそうであるに違いなかった。

「……ありがとう。でも、大丈夫だから」

母親に向けたものとは少し違う笑みを向け、そう言うがカリスは心配した顔のままだ。本当は素直にカリスの言葉に喜べばいいのだろう。しかし、他人に支えられる気はあまりない。きっとあの家にいたせいでこういう考えなのだろうと思うと嫌になる。それでも、ほんの少しでもカリスが支えてくれるつもりでいてくれるのが分かればいい。そうすればあとは自分次第なのだ。そしていつかきっとカリスのこんな顔を見なくても済むようになる。なまえには、それが分かってさえいればあまりにも十分すぎた。

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