「最悪ですわっ!!」

バンッ、とチュチュは力一杯机を叩いた。そのおかげで机の上の飲み物はぐらつき中身がこぼれそうになるし、俺たちと同じように外の席で談笑していたお客たち、近くを歩いていた通行人たちが挙って驚いた顔をして視線をこちらに向けてきたもののチュチュはそんなことにまで気が回らないようだった。

「お、落ち着けよ」
「落ち着けですって!?これが落ち着いていられる状況だっていうんですか貴方は!!」

そうは言われても、別に俺は気にするようなものではなかったからなんとも。とは思うもののそれを言えばチュチュが更に激昂するのは目に見えている。仕方なく口を噤んで彼女の様子を見守っていれば、チュチュは怒りからわなわなと身体を震わした。ああ、これは爆発するな。そうに違いない。

「何故、私がなまえさんなんかと恋人に間違われなければならないんですの!!」
「俺なんかって言われるの流石に傷つくんだけど……」

俺とチュチュは昔からの友人であり、よくこうして一緒に出かけたりする。今日もデートというわけでなくただちょっと街に出かけて、流行りのカフェで飲み物を頼んだりして。勿論、恋人だと間違われそうになったことが過去にないわけではない。だがいつもは間違われる前に否定するし、チュチュは有無を言わさぬ圧力で恋人かと思っちゃいましたなどという言葉を相手に口にできないようにさせていた。
それが今回は、なんというか、一歩遅かったのだ。否定するのも、圧力をかけるのも。結果、店員さんに「あら、素敵なカップルですね羨ましいです」などと笑顔で言われたのである。長年これを回避してきたせいかチュチュも俺もうまく反応が出来ずに挙句、ありがとうございます、と言う始末。そして注文した商品を受け取り、こうして外の席へと座り暫く経ったところでようやくチュチュは思考が追いついてきたらしい。なのでこうやって怒りを爆発させている。

「確かに俺たちは付き合ってないしそもそもプラズマジカは恋愛禁止だしな……」
「例え恋愛禁止でなくともなまえさんと恋人なんて考えられませんわ!」

ぐさりと容赦のない言葉が俺の心に突き刺さる。いや、チュチュが俺をそういう目で見ていないことは前々から知っている。しかし、こうもきっぱりと否定されると心にくる。仮にも友人に対してこの言葉はないだろう。

「なあ、チュチュ、さっきから酷くないか?」
「あら、いつもと何も変わりませんわよ。大体、私は恋愛をしている暇なんてありませんのに。このMIDI CITYの頂点に立つためには不要なことですし、私のファンの方たちに申し訳ありませんもの」
「特にソロデビューしたら、な」
「ええ。その通りですわ!」

昔からの仲というのもあり、彼女がソロデビューを密かに狙っていることは知っている。
だが、そう思いつつもプラズマジカの存在がチュチュにとって大きな存在となっていることも知っている。それを指摘すればきっと狼狽えるだろうし、認めはしないだろうからチュチュ自身が気づくまで俺は黙っていることにしているのだが。今の会話で少しは怒りが収まったらしいチュチュから視線を外し、通行人たちを見つめつつ頼んだ飲み物に口をつける。そこでふと、見覚えのある姿を見つめた。

「あれ、チュチュだにゃあ〜」

その通行人こと、シアンちゃんはこちらに気づいて嬉しそうに尻尾を振りながら近づいてきた。プラズマジカのネコの女の子。つまりはチュチュのバンド仲間だ。ライブは何度も見に行ったことはあるが、チュチュがメンバーに会わせてくれないためこうしてちゃんと彼女と会うのは初めてのことだ。

「まあ、シアンではありませんか。何処かへお出かけですか?」
「この辺りにゴスロリのお店が出来たって聞いて行くところにゃん! チュチュは……にゃにゃにゃ……?」

シアンちゃんが俺の存在に気づいてきょとんとした顔をする。まずい、と思った。チュチュが知らない男とこうして店でくつろいでいる。シアンちゃんからしたら考えられるものはきっと一つしかないだろう。慌てて否定しようとしたが、それよりも早くシアンちゃんはにっこりと笑った。花のような可憐な笑顔だ。うん、可愛い。って、そうじゃない。見惚れてどうする。

「なんだかあたしは邪魔みたいにゃん」
「えっ!? シ、シアン、これはっ」
「えへへ、じゃあ、あたしはこれで失礼するにゃん!チュチュ、また明日の練習で!」

案の定、シアンちゃんは俺とチュチュの仲を勘違いするとばいばいにゃーん!と手を振り走り去って行った。その姿を見送りながら、俺もチュチュも呆然としていた。

「えーっと……チュチュさん……?」

ごくりと唾を飲み込み、恐る恐るチュチュに視線を戻す。やはり先程のように身体を震わせて俯いていた。そのため顔は見えない。

「…………もう、なまえさんとは絶対に一緒にお出かけしません!!」
「ええっ!?」
「しないったらしません!!」

顔を上げたチュチュは半泣きだった。そこまで屈辱的だったのか。そう考えるとかなり気落ちした。そういう目で見られていないのは分かりきっていることではあるが、俺としてはチュチュとそういう関係に見られるのは悪い気はしない。なにせチュチュはとても魅力的な女の子だ。好きかどうかと言われれば、彼女のことが好きなのだ。

「いや……チュチュがそこまで言うなら仕方ないから諦めるけどさ……それなら、出かける出かけないよりもこうして二人で会うのも止めた方がいいんじゃないかな……」

どうしても恋人に間違われてくないのなら、そもそも二人きりで会わなければ良い。会うならば、例えば他の友人たちと一緒に会うとかすれば多少は回避できるだろう。男女が二人きりで会っている、というシチュエーションが誤解を招く。こうして気兼ねなく二人で会えることがなくなるのは残念だが、これもチュチュのためだ。仕方ない。そう思っていると、チュチュは突然あわてふためき出した。どうしたんだ?

「そ、そこまではしなくて結構ですっ」
「え? でもその方が」
「私がいいと言っているんです!」

だからこの話はもうナシです!と勢いよく立ち上がり人差し指を俺の目の前に突き立てる。有無を言わさぬ口ぶりで、俺も無言で頷くしかない。分かればいいと言うようにチュチュは席に再度座り、飲み物を口に含んだ。よく見れば、頬が赤かった。珍しく必死になったからだろうか。その姿が可愛くて、つい口元が緩む。

「何を笑っていらっしゃるんですか」

それに気づいたチュチュが睨みつけてきたが、相変わらず目の端に涙はあるし、頬の赤味は消えるどころか少し増している。にやける口元を隠し、いや何も、と返せば不機嫌そうに視線を逸らされた。なんて可愛いんだろう。しかしそれを言えば今度こそ本当に二人きりで会えなくなるかもしれない。仕方なく、このにやけてしまう口元をどうにかするしかないのだった。


20150508

title : 約30の嘘

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