「なんて気持ち悪いのかしら」

そう言えば、目の前の男は耳をぴくりと動かしたものの顔色一つ変えずにただほんの少しだけこちらに視線を送っただけだった。随分と涼しげな顔で、私がこの男と初対面であったならばこの人こそ王子様と呼ぶに相応しいなどと馬鹿げた考えを持っただろう。それほどまでにそう印象付ける顔をしている。

「あの子たちも、ファンたちも、みんな本当の貴方のことを知らない。作られた貴方を見て、あんなにも熱狂的になって。気持ち悪い」

そうして、彼から視線を外し今度は少し離れた場所にいる双子の兄弟を見つめる。彼らはこちらに気が付かず、楽しげにこの後のライブについて話していた。微笑ましい光景だ。彼らがこの男を崇拝さえしていなければ私も心からそう思ったことだろう。

「なまえは、そんなにもツインズやファンたちが嫌いなのかい?」
「そうね。だってシュウは最高だったもの」

ようやく彼は、シュウは、口を開いた。いや、シュウ☆ゾーなどというふざけた名前だったか。しかしそんなふざけた名前で彼を呼ぶつもりはない。シュウは嫌がるだろうが。双子から視線を外し再度シュウへと視線を戻す。相変わらず涼しげな顔をしている。腹立たしい顔だ。

「シュウだった貴方の音楽は最高だった。誰よりも輝いていた。なのに彼らはそうではない貴方の音楽に夢中になっている。これほど不快なことってないわ」
「ボクは、むしろ今の姿こそ輝いていると思うけどなっ☆」

ぞわり、と嫌な感覚が身体中を駆け巡る。涼しげな顔で笑みを浮かべるこの顔と声はまさしくアイドルであって、私の求めるものではない。こんなシュウは作り上げられた偽物だ。本物の彼ではない。ああ気持ち悪い。

「……ねえ、何で私が貴方たちトライクロニカの前座をする気になったか分かる?」

シュウは笑みを崩さない。黙って聞いている。今回の前座の件は、断ることもできた。確かに売れに売れているトライクロニカの前座はおいしい役どころだ。しかし、同じ日にライブの話もきていた。勿論、前座などではなく正式な参加者として。前座よりこちらの方が良いに決まっている。だがそれを断り彼らの前座をすることにした。シュウに会える、というのも理由の一つではあるがそれよりも大きな理由がある。

「私の演奏はシュウの演奏だからよ。貴方の演奏にはまだ遠いけど、貴方が作り上げていた音楽だからよ」

私が作り上げたい音楽は、シュウの音楽なのだ。私の音楽なんてものはない。そんなものは必要ない。

「ロムとは違って、私はシュウの音楽をもう一度作り上げたい。貴方の音楽に触れたい。貴方個人の。だって、貴方は誰よりも最高で、輝いていた人だから」
「なまえ、キミは……」

ついにシュウの笑みが崩れた。アイドルの顔がほんの少しではあるが剥がれる。もっと剥がれてほしい。あんな顔、貴方のものであるとは言えない。

「貴方にもう一度、あの頃に戻ってほしいから。シュウ、私は貴方に触れたくて音楽をやっているのよ」

少しでも思いが伝わればと視線に熱を込めた。シュウは眉を曇らせ、私を見つめていた。そうして、ゆっくりと口を開く。

「…………キミは、悲しいね」

ぽつりと呟かれた言葉は、何故か哀れみのそれだった。彼の瞳も、私を哀れんでいた。意味が分からなかった。何故そうされるのかが理解できない。私はただ、本物のシュウにまた会いたいだけなのに。
そう伝えようと口を開きかけると、シュウ☆ゾーくん!なまえさん!と双子がこちらに手を振った。それに応えて、シュウは先程とは打って変わって輝かしいばかりの笑みを浮かべ、私のことなど気にも留めず彼らの元へと歩き出す。彼らの元へ歩くシュウと彼を待つ双子たちの姿は、やはり私には気持ち悪くて到底耐えられそうにはなかった。


20150506

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