「それでね、彼氏ってばさあ、」

心地良いと感じていた筈のなまえの声が時折たまらなく不快で仕方がない。口を開けば聞きたくない単語をつらつらと並べ立てる。無意識のうちに眉間に皺が寄っていく。なんて心地良い声で、なんて不快な言葉を呟くのか。

「おーい、聞いてるのかなー、仁王くーん?」
「おう、聞いとる聞いとる。大好きなおまんの話じゃからのう」
「絶対嘘でしょ、それ。あと私は彼氏が一番だから好きって言われても困りますー」

不満そうな顔をしてなまえは仁王の肩を軽く叩く。テニス部レギュラーである仁王からしてみれば痛くも痒くもない、そんな痛みだった。それでも、その痛みは仁王にしてみれば一生の消えない傷のように感じられた。

「惚気なんぞ聞きたくない。俺にばかりこうも惚気られても困るんじゃ」
「だって友達で一番話しやすいの仁王なんだよねえ。あっ、でもやっぱり会わない方がいいのかなあ…彼氏に変な心配かけたくないし。まあ、私は彼氏以外を好きになる気なんてないけど!」

友達、という単語が胸の重く深く響いた。所詮は仁王となまえの関係は「友達」でしかないのだ。いくら仁王がなまえのことを想おうと、「友達」でしかないのだから彼氏という異性パートナーができたなまえは仁王からどんどん離れていく。遠くなってしまう。前のようではいられない。何もかもなまえのことならばその彼氏とやらよりも知っているのに。なまえのことが好きなのに。それでも、なまえは「友達」だから意味を成さない。

「仁王、どうかした?」
「…………会えないなんて、言うな」
「なあにそれ。寂しいとか思っちゃってるの?」

冗談だと受け取ったらしいなまえがおかしそうに笑う。そんななまえが愛しくてたまらないのに、この後きっとなまえは言うのだ。さよならと。会えないくらいなら、「友達」で我慢するのに仁王にはそれすら許されない。どれだけ懇願しようと、なまえはもう会えないと言うのがあまりにも理解できて、苦しくて、涙が出ないのが不思議なほどだった。

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