※ネタバレ・捏造有

「ああもう、こんなところから早く抜け出したい!」

私の空しい叫びがホテルのロビー響く。七海さんはきょとんとした顔で見つめてくるし、ちょうど通り過ぎた九頭龍くんが驚いた顔をしていたけどそんなことはどうでもいい。

「こういう時こそピアノが弾きたいのに!結構ここって何でも揃ってる割にはピアノがないってどういうことなの!!」
「あれ、でもキーボードがなかったっけ?」
「七海さん分かってないなあ!キーボードとピアノじゃ全然違うよ!!」

そうなんだ、と七海さんは興味があるのかよく分からない抑揚で答える。彼女はいつもこうだ。こういうところがまた私は気に入っているのだが。そういえば前に話した時にピアノの演奏を聴いたことがないと言っていた。ゲームでの演奏なら聴いたことあるよと随分と謎の自信に満ち溢れた顔で語っていたのが印象深い。

「だからキーボードなんかじゃ弾く気になれないよ。やっぱりピアノじゃないと。ピアノがあれば七海さんにも私の超高校級な演奏を今すぐ聴かせてあげられるのに」

キーボードで演奏できなくもないが、私のプライドがそれを許さない。私は超高校級のピアニストなのだ。ピアノでなければ意味がない。熱弁する私に対し、やはり七海さんの反応は薄い。ピアノの演奏を想像できないからなのだろう。澪田さんなど私の能力を知ると煩いくらい演奏を聴きたがっていたのに。

「ねえ、七海さん。ここから出られたら、私の演奏聴きに来てね。七海さんのためにたくさん弾いちゃうんだから!」
「…………うん、そうだね。出られたら」
「約束だよ!絶対に聴きに来てよね!」

約束が嬉しくて笑えば、七海さんが微笑んでくれた。私の演奏を聴いて同じように微笑んでくれたらいいな。そう思っていたら、ボロボロと周りが崩れていっていることに気が付いた。なに、これ。崩れる速度はどんどんと増していき、やがて、七海さんをも巻き込み消えていく。突然と暗闇が訪れる。声を上げる暇すらなかった。七海さん、どこ。どこにいるの。見えないよ。それに私のこの声は貴女に届いているの。七海さん、七海さん、七海さん、

「ごめんね。約束、守れなくて。……演奏、聴きたかったな」

何を言っているの。一緒にここから出て私の演奏聴いてくれるんでしょう。私それを楽しみにしていたのに。今更そんなの酷いよ。七海さん、ねえってば。

「お、目を開けたぞ」
「わたくし達が目を覚ましてからもうかなりの時間が経っているのに目を覚まさないから心配しましたが、なんとか大丈夫そうですね…良かった…」
「おい、俺達が分かるか?」

目を開ければ暗闇の次は光。いくつかの見知った顔が私の顔を覗き込んでいた。ああ、分かるよ。何もかも。私が何を選んだのか。何をすべきなのか。全てを知ったうえで私はこれを選んだのだから、こうなることは分かっていたじゃない。

「……七海さんの、うそつき」

例えそうだとしても、涙は止まらないし止まってはくれない。貴女へのこの負の感情も消えてはくれない。皆が泣く私を見て慌てているけれどそんなことは無視して再度瞼を閉じる。無理だと分かっていても、また、あの中に入れたらどれだけ良いだろうか。

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