藍――AI――
十二 死の商人の選定
一旦、南を目指すことにした。
あの科学者の目の届かぬところに行く必要があるのと、世界のへそ――迷いの森に行く用事があったからだ。ハーベイはアルセナヴィッチコフとの約束を思い出していた。
世界のへそと呼ばれるその森は、文字通り大陸の中心を覆っていた。鬱蒼と繁る木々はどこまでも深く、人を惑わせる。コンパスで方角を確認しようにも、狂ったように回るだけで用をなさない。中心に鎮座している世界樹の結界が人の心や磁力を狂わせるのだそうだ。それを解決する術は、ハーベイが持ち合わせていた。結界を無効化する封石である。
一マイル先に町が見えてきた。
然程規模の大きくない町だ。
「今夜はあそこに泊まるかね」
誰ともなしに独りごちるハーベイ。大丈夫なのか? との問いかけに、うんともすんとも言わなかった。頷くことすらしない。
正体不明の通りがかっただけの町、何があるかは解らない。
皆一様に黙していた。静かに町に入っていく。
そこは、小規模な人間の町だった。一行は深くフードを被り直す。何もここに泊まることはないのではないか? との疑問視に、ハーベイは野宿はごめんだと肩を竦めて見せた。
「私も野宿は危険だと思う。何が起こるか解らないし。町に安全に泊まれるように慣れておかないと」
インディゴの正論に、誰も反論できなかった。
「それに、情報も集めなきゃならんしな」
インディゴを援護するようにハーベイが付け足す。皆その事に関しては異論はなかった。だが、不安は残っている、といった面持ちだ。なんといっても、ここは人間の町なのだから。自分達は異端なのだ。その事は肝に命じておかなければならない。
町には宿屋が三軒あった。念のため、規模の一番小さな宿に泊まることにした。中心街から東に外れたところに民家にも見える小さな宿屋があった。戸口に掲げられた看板には「荒野の
旭日亭」と書いてあった。
一行はその宿の扉を潜った。
その彼らの背をじっと見詰める瞳があった。
宿は二階建てになっていて、一階は食堂兼酒場になっていた。ハーベイが奥のカウンターに近付き、主人らしき中年の男に声をかけた。
「一晩、泊まりたいのだが」
「素泊まりですね? うちは部屋数が少なくてね、大部屋になってしまうがよろしいかね?」
やや断定的なもの言いで、言外に有無を言わせない圧力があった。
「ああ、それで構わない」
「何人ですか?」
「五人だ」
主人は口笛を吹いた。
「じゃ、大部屋を貸しきりですね。鍵はチェックアウトの時まで持っていてください。食事はここで食べるか、外の食堂でお願いします。ここで食べるにしても勘定は別に支払ってもらいます。チェックアウトは明日の十時までです。では、ごゆっくり」
最後に笑顔で締め括った。
後ろの連れ合いが何者なのか気付いていない様子だった。
宿の食堂が賑わう頃、一行は一階で食事をとることにした。あまり外に出たくなかったからだ。外に出れば嫌でも目立つ。
食堂は酒場も兼ねているので、店内は活気がある。それでも誰も一行に気を留める様子は無かった。旅人が多い土地柄なのだろう。自分に塁が及ばない限りは関心をもたない。一行にとってはありがたい限りだが。
隅のテーブルに席を決めると、ハーベイがまとめて注文する。肉料理と野菜料理をそれぞれ大皿で。それと、エール酒を一杯。
然程会話をせず食事に集中していると、どこかからか視線を感じた。インディゴとハーベイがほぼ同時に気付く。
「ハーベイ……」
「敵意は感じない。好奇の眼差しだろう」
事実、視線に気付いて以降も仕掛けては来なかった。
「敵……ではないのか?」
カーマインが疑念を口にする。
「どうやらそのようだが……」
一口エールを口にしながらハーベイが答えた。
今こうしている間にも、視線は感じる。ハーベイに集中しているようだが、定かではない。しかし、
敵愾心を持った視線ではないのは明らかだ。
食事を終えると、勘定をテーブルに置いて席を立った。皆が躊躇していると、ハーベイが口を開いた。
「気にするな。部屋に戻ろう」
気にしていても仕方がないのも事実だ。
気にして周囲を見回してると、それだけで怪しまれるというのが本当のところだ。危害を加えられない限りは平静を装う。旅人として生きていくためのライフハックだ。
深夜、扉を叩く音があった。
音に目を覚ましたインディゴが、皆を静かに起こした。
「誰だ?」
誰何するも、少し躊躇う様子があった。
「ぼ、僕は旅の武器商人で……」
少し幼さの残る声が暫しの沈黙の後に続いた。
皆、顔を見合わせる。こんな深夜に武器の売り込み? 不審な点しか見当たらない。
「まだ見習いで、旅をしているのだけど、少し特別な武器の持ち主を探さないといけなくて……」
弱々しい声で言い訳じみた言葉が続く。
「高い買い物はできない」
ハーベイがやや硬い声で扉の向こうに応じる。
「お金が欲しいのではありません! 正当な持ち主を探しているだけなのです!」
すがるような必死な声音に、真剣さがあった。信用してもいいと思えるほどの。
皆が顔を見合わせひとつ頷き合うと、扉を開けた。
彼が包みから取り出したのは、銃だった。単発式のライフル銃だ。鋭く黒光りしていて材質が特殊な様子だが、一見すると普通の銃にも見える。だが彼が言うには、普通の銃ではないとのことだ。アダマンタイト製の魔銃だと――。
弾は必要ない。自然のエネルギー、アニマを打ち出すからだ。
アニミズムから生み出されたものなのだそうだ。だが、使用する人間の肉体に強い負荷がかかってしまう。これに耐えられる人間を探している――、と真剣な眼差しで力説された。
これを持つべき人のところに渡すのが、親方から与えられた課題なのだと、今度は自信なさげに視線を落として呟いた。
「……つまり、この中の誰かがお眼鏡に叶った、と?」
少年は頷いた。今度は一つ、大きく、分かりやすい
首肯だった。
皆一様に胡散臭げに見詰めたが、信じるしかないとも思った。実情はどうあれ、少なくとも嘘はついていないと思ったからだ。欺瞞の神は降りてこない。
銃を手に取ってみるハーベイ。
「いい銃だ……」
惚気るように呟いてから、
引鉄を絞る。何度も何度も同じ動作を繰り返してから、箱に戻す。
「照準がぶれない。手に馴染む。これなら、長時間狙いを定めても問題ない」
「銃に選ばれた、ということでしょうか?」
「さあ? 俺が選んだのか、銃が選んだのか解らないが。買おう、いくらだ?」
「お代は結構です。元々
そういう代物なので」
少年は
相好を崩す。商談が成立したことを喜んでいるのだろう。
明くる日、朝一番で出立することにした。
月の沈む方向、西へ――。
一行が顔を洗っているとそこへ昨日の少年がやってきた。
「おはようございます。武器に慣れるまで、暫くは付き合います。アフターサービスは欠かしません」
親しみを込めた笑顔で屈託なく挨拶した。
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