ソラの神


一、強奪

 剣閃が煌いた。
 少年はそれを、見えない空気の壁で受け止める。青灰色の瞳が一瞬赤く燃え上がる。その瞬間、何かが少年の中で爆ぜた。次の瞬間、長剣を持った鉄兜の男の胸の辺りで小爆発が起こる。球形の形に爆発したそれは、鉄鎧の装甲ごと胸を抉っていた。後方に吹き飛ばされる男。少年は、その爆発を先程の見えない空気の壁で防ぎきった。
「パミラ! 僕の後ろから離れないで!」
 パミラと呼ばれた、瑠璃色の髪と瞳を持つ少女は一つ頷くと、少年の背後にぴたりと寄り添った。

 小さな空中都市は戦場と化していた。下層階の大陸にあるイグネスティアという帝国から派遣されて来た兵士だった。彼等の目的は一つ。パミラの奪取だ。おそらく皇帝直々の檄が飛ばされたのだろう。兵士達の目はこぞって真剣、を通り越して必死さで色めき立っていた。
「パミラ! こっちだ!」
 ソラはパミラの手をとると、走り出した。目的地は師匠のいる家、丘の上の一軒家だ。凄い魔法を使える師匠なら、この状況を何とか打開できるかもしれない。ソラの胸中には、そんな淡い期待が灯っていた。
 期待はいつも裏切られる。ソラ達が丘の上の一軒家に駆けつけたときには、兵士が取り囲んでいた。
「師匠! 師匠! 助けてください!」
 その呼びかけに応えて出てきた師匠は、口元に笑みを浮かべていた。
「パミラ、先日お前の父親が死んだのは知っているね」
 不安の色を見せながらも、首肯で返すパミラ。
「その時にお前の父親が言い遺した言葉があるのだ。時が動き出したと。…………さあ、パミラ、私と一緒に来なさい」
 パミラとソラは一瞬、師匠が何を言っているのか理解できなかった。
「そんな! 僕たちを、裏切る気なんですか! 師匠!」
 ソラは精一杯の抗議をした。しかしそんなソラの言葉を、嘆きの声を、師匠は一笑に付した。
「時が来たのだよ。今、彼女を必要としている者がいる。それ以上の答えがあるか」
 目が。瞳が、いつもの師匠と違う。赤く光っていた。こんなの、師匠じゃない。
「パミラ!」
 ソラが声を上げた時には、遅かった。師匠が人差し指でパミラの額を小さく突くと、パミラはその場に屈折れた。催眠の魔法だ。パミラの体を受け止める師匠。ソラの、伸ばした手は届かず、空しく宙を掻くだけだった。兵士に阻まれて、それ以上前に進むことが出来ない。涙が頬を伝った。どうして、こんな理不尽なこと。張り裂けるほど叫びたかった。声にならない呻きだけが漏れた。
「その少年は殺すな」
 師匠は並み居る兵士に指示を出すと、パミラを抱え港に向かった。港には帝国の飛空挺が停泊している。ソラは兵士に鳩尾を打たれ、気絶した。気絶する寸前、師匠を追うことができない自分に歯噛みした。

 この世界には大きく分けて三つの大陸がある。一つは、一番大きな大陸で、最下層に浮遊しているゲルネモ大陸だ。此処には世界最大と目されている国、イグネスティア帝国が版図を広げている。他にいくつか小国が点在していたが、飲み込まれるのも時間の問題だろう。二番目に大きな大陸はゲルネモ大陸の直ぐ上、やや離れた位置に浮いているモスティーン大陸だ。ゲルネモ大陸が第一階層だとすると、モスティーン大陸は第二階層に当たる。ゲルネモ、モスティーン両大陸のさらに上には小列島が点在している。上に行けば行くほど空気が希薄になり、住み難くなっている。人が住んでいるのは五階層までだ。それより高度にある島々は、寒い上に空気が薄く、とても人の住める所ではない。
 その小列島の一つに、パミラとソラが住む空中都市アデルがあった。
 その空中都市の港に、大型の飛空挺が停泊している。帝国の、双頭の鷲が描かれた盾の上で剣を交差させている紋章が刻まれたボディは、威風堂々としていた。戦艦クラスの飛空挺だ。大きさは、舳先から船尾まで五千四百五十八ヤードはある。
 その戦艦の一室に、師匠が乗っていた。丸窓から、今、自分が後にしようとしている空中都市を悲しげに眺めている。
「これがおまえの為なのだ。悪く思わないでくれ」
 そう、誰とも無しに呟くと、後ろを振り向いた。視線の先には、ベッドに横たえられているパミラがあった。彼女を視線の中に取り込んで、静かに微笑む。
 やがて、出港準備を終えた戦艦はゆっくりと港を出て行った。

 雲を突き破って巨体が露になる。さながら竜の様でもあり、空を泳ぐ蟲の様でもあった。身なりのいい初老の男が発着場に出迎えている。待ち侘びてのことであろう、その体から期待の気が発されていた。
「待ち侘びたぞ」
 初老の男は満面の笑みで言った。
 頭頂に黄金の冠を戴いているところを見るに、国の頂点に座している者なのだろう。着衣の胸には双頭の鷲にクロスする双剣が金糸で刺繍されていた。

 軍司に命令されて出された少女には、目隠しと猿轡さるぐつわ、両手をロープで縛ってあった。
「なんだ? これは」
 皇帝に睨まれた兵士は恐縮して答えた。
「はっ! この少女は魔法使いだと聞いて……」
「ばか者! もっと大切に扱えと言っておいたではないか! 直ぐに解くのだ」
「ははっ!」
 解かれた少女の顔を覗き込むようにして見ていた皇帝は、満足するようにのたまった。
「……美しい。これが、門の鍵か」

 数年前、この大陸の奥地で巨大な門扉が発見された。巨大な壁と比喩されたその門扉は、鉄以外の何か別の金属らしきもので出来ていた。超古代文明の遺産だともてはやされ、学者連中は挙って研究に勤しんだ。長きに渡る研究の結果解った事は、この門扉は世界の構造に直結していて、門を開くということは大陸を今ある姿とは別の姿に変えるということである、ということだった。詩文の才能がある学者は、その事を指してこう形容した。「世界を開く」と。
 その、門の鍵が、今目の前にいる。皇帝で無くとも興奮したであろう。
「今後は、我が妻として宮廷で過ごすがよい」
 皇帝は満足げに頷いた。彼女自身の同意など要らなかった。彼が決めたことは絶対だからだ。パミラは顔を翳らせ、師匠である灰色の魔術師は苦々しく眉根を寄せた。


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