藍――AI――


幕間 狂気の科学者

 モニターに、深き青の和毛を持つ少女、インディゴが映っている。
 インディゴは、炎が燻っている町の中を歩いていた。そこは、人間達が作った人間達のための町だ。本来ならばインディゴのような獣人がうろついていていい場所ではない。インディゴは白い貫頭衣を来ている。丈が長く、裾が膝下まである。胸の刺青は露になっている。彼女がこの世界に生れ落ちてから、十五年の月日が経っていた。目が覚めたらここにいたのだ。誰が、どのようにしてつれて来たのかも解らない。ただ、ここにいた。町は滅びの道を突き進んでいた。
 インディゴは獣人の中において、至極稀な藍色の毛色を持つ少女である。藍色の毛色を持つものは“藍色の力”と言うものを持っている、獣人達の間ではそう、信じられていた。彼女にもかつてアルセナヴィッチコフが持っていたものと同じ力が備わっているのだと。しかし、彼女の内に眠る混沌とした、破壊の衝動はその捌け口を探して燻っているままだった。
 インディゴは虚ろな瞳を泳がせていた。何かを探している様でもあり、心ここにあらずといった様でもあった。だが、探し人は見つからない。そればかりか、同族の姿はどこにも見当たらなかった。理不尽すぎる自分の置かれた環境に、苛立ってすらいた。この町がこの様な仕打ちを受けている理由も、解せない。この町は自分の町ではない。自分の生まれ育った町ではない。だが、だからといってこの様な虐殺を行って良い人間は――獣人も含め――誰一人としてこの世に存在していない。自分の瞳に、まざまざとその光景を焼き付けられているのも、堪らなく嫌なのだ。出来得る事ならば、目を瞑って過ごしてしまいたい。
 インディゴは気付いていなかったが、瓦礫の中からインディゴの足首へと伸びる手があった。火傷を負った、酷く脆くなっている手。それは、人間の手だった。この町で生まれ育ち、そして今当にこの町で死出の旅に出ようとしている人間の、手。焼け爛れてはいたが、見た目女性のそれだと判る。その手が突然蛇の如く伸びてきて、インディゴの素足を握った。瓦礫の中から覗いた顔が、インディゴを仰ぎ見る。インディゴが驚いて後ろを振り向くと、その女とまともに視線がぶつかった。女の眼は虚ろで、宙を彷徨っている。焼き切れた唇を微かに動かし、言葉を紡ぐ。
「……返せ……。…………返してよ…………。……私の、家族を! ……家を! 返してよ! 私の、……生活を……! この……、獣人め……!」
 それは、悲鳴に近かった。
 自分達の生活を侵された苦しみや、自分達の人生を破壊された憤りに満ちた言葉だった。
 その言葉、その想いに触れ、インディゴは言葉を失った。紅い大きな瞳を驚愕に見開いて、女を凝視する。かつて、幸せを謳歌していた女を。私はやっていないとでも言いたげに、首を振りつつも数歩後退る。
 獣人による解放戦線の火蓋がここまで迫ってきているということなのだろう。しかし、これでは最早解放戦線などではない。殺戮であり、人間種族に対する侵略だ。いつからだろう。解放戦線が歪んでしまったのは。当初抱いていた筈の“大義”などは何処かへ捨ててしまったようだ。この戦いの果てには、唯、死の荒野だけが広がっている。
 死だけを望む戦いなんて、とインディゴは嫌悪感を覚え吐き気を催した。
(コンナモノハイヤダ。……コンナセカイ……キエテナクナレバイイ……!)
 この戦いに対する嫌悪感、死に対する嘔吐感、逃避願望、そういった想いだけがインディの中で膨らんでいく。心の中で負の感情が膨張し、爆発し、満たされていく。己自身の中で“力”が解放されたことを覚えた。無限の破壊の衝動が広がってゆく。インディゴは苦悩に顔を歪ませた。その一瞬を境に、意識が暗転した。
 彼女の全身が一瞬にして逆立ち、藍色の淡い光に覆われていく。そしてその光は周囲の全てをなぎ払いながら満ちていった。
 人間の町を飲み込むように、藍色の花が咲いた。それは綺麗な球体で、蒼い月が大地に根付いたようにも見えた。それは、伝説に名高い藍色の力≠ェ解放された瞬間だった――。

「この通り、恐怖と絶望と、不安と憤り。負の感情が正の感情を押し潰したときに、それは発動します」
 巨大なモニターを前に、ずり落ちそうな眼鏡をかけた白衣の男が説明する。男の容姿は獣人特性の無い、人類――人間であった。男が前にしているのは、種族特性をそれぞれ持っている獣人類たち、解放戦線の上層部のお歴々である。毛色はさまざまで、階級がバラバラなのが伺える。
「ふむ。確かに、その通りのようだな」
 ヤギ科の男が口を開く。
「しかし、この力をどのようにしたら、我らの意のままに操れるのかは結局解らず仕舞いではないか」
 ネコ科の男も続いて口を出した。
「ご安心を。感情のコントロールについては、既に研究しており、完成段階にあります」
 人間の男が余裕の笑みを漏らす。
「して、彼女の確保は出来ているんだろうね?」
 イヌ科の長老が口を挟む。言外に、出来ていなければ意味がない、と言っている。人間の男は大きく溜息を吐き、肩を竦めて見せる。
「それが、何者かに奪われまして」
 言外にお前達獣人族がへまをしたからだ、と言っている。
「それでは意味が無いではないか! アルセナヴィッチコフが姿を眩ませてから、十六年も経っているのだぞ! 彼女は、アルセナヴィッチコフに並ぶ力の持ち主なんだ。彼女の重要性をもっと考慮したまえ」
 サル科の男の叱咤に、
「――直ちに確保せい!」
 イヌ科の長老の恫喝が重なった。人間の男がすぐさま了解の意を伝える。お前達獣人がへまをしたからだ、という思考は伏せたままで。
 獣人たちが退室していき、室内が暗くなる。密かにほくそ笑む男だけが残された。


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