ソラの神


プロローグ

――魔術師ソランの手記

 娘の事を書くのにまず、ソラという少年について触れねばなるまい。彼は娘が生まれたときに、彼女を守護する為に造ったホムンクルスだ。




 少年はずっと思い描いていた。
 空に神が住んでいることを。
 そして、頑張ればいつかきっと自分もその高みへと昇れる事を。

 空中大陸に位置する都市アデル。少年はこの街で、魔法修行に勤しんでいた。
「ソラー!」
 ソラと呼ばれた少年は思惟を止め、その白い短髪を蒼穹に掲げゆっくりと上体を起こした。少年は同じ年頃の男の子と比べても明らかに判るほど、体が小さかった。その小さい体を目一杯伸ばすと、声のした方へ振り向いた。
「なに?」
 気だるげに首を傾げる。その感情を抑制された顔に、黒い影が覆い被さる。姉弟子のそれに、ソラと呼ばれた少年は気付き上目遣いで少女を見やる。瑠璃色の髪の毛と瞳を持った少女の姿が瞳に映る。
「まぁた、神様の事考えていたんでしょう! 神様なんて空の何処を探しても居ないって言ってるでしょう!」
「だって、俺、神様を見たことあるんだもん」
 ソラは厳しい顔で姉弟子であるパミラを睨み据えた。別に責めているのではなくて、ただ単に男には譲れないものがある、と言うだけである。
 ソラには幼少時の記憶はない。ただあるのは薄ぼんやりとした、“神様”の面影だけである。瞳を閉じれば今でもはっきりと思い浮かべる事ができる。瞼の奥の奥に深く刻み込まれている、“神様”の御姿。肩まである空色の髪に、優しげな瑠璃色の瞳……。あれは絶対に神様だ。ソラはそう信じて疑わなかった。例えパミラに否定されようとも。
「で? 何? パミラ。何か用が有って来たんでしょ」
 ソラは何か不服そうに、パミラの瞳を覗き込むようにして言った。パミラの瑠璃色の瞳を見ていると、ふと“神様”の事を思い出してしまう。思い出してからソラは「こいつは違うんだ。神様じゃない」と首を振って否定するのだ。いつも、そうやってきた。
「そうそう! 危うく忘れるところだったわ! ねぇ、ソラ。お師匠様が呼んでたわよ」
「何だろ? ひょっとして……免許皆伝かなぁ」
「そんな事、ある訳ないでしょ。いつもサボってばっかりのソラに限って! ほら、余計な事言ってないで、早く行かないと怒られるわよ」
「へいへい。行きますよ」
 横になっていた草原から急激に体を起こして立ち上がったものだから、ソラは少し眩暈がした。焦げ茶色のローブを引き摺るように前のめりに倒れこみそうになる。青灰色の瞳が一瞬ぶれる。
「あ、れ?」
「大丈夫!? ソラ!」
 パミラは両手でしっかりとソラを抱きとめた。
「あ、ご、ごめ……ん。ちょっと眩暈がして……」
「そう。本当に大丈夫?」
 心配そうに覗き込んでくるパミラ。ソラはそんなパミラを安心させようと、大丈夫とばかりに笑顔を作る。
「大丈夫なのね。なら、とっとと、お師匠様の所に行くわよ!」
 一安心したように吐息を吐き出すと、パミラはソラの手を引いて師匠の居る小屋の方へと駆けて行く。手を引かれながらも俯き、何もいえないで居るソラ。ただ引かれるままに師匠の小屋に到着する。
 その小屋は木造の平屋だった。丸太を組んで作ってある。その小屋から一人の男性が出て来て二人とすれ違った。その人は空色の髪の毛に瑠璃色の瞳を持っていた。
「あ、お父さん。今日は何しに来たの?」
「いや、ちょっとな……」
 パミラと男性がひとしきりたわいもない話をしているとき、ずっとソラはその男性を見ていた。不思議な面持ちで。

「お師匠様ー! ソラを連れてきましたー!」
 木の扉を丁度三回ノックして、パミラは声を張り上げた。中に居る人に届くように。
 中に居る人の気配が扉に近付いた。そして、扉が内側に開いていく。中の人が顔を覗かせた。その人――師匠と呼ばれたその者は長い金髪を後ろ手に軽く縛っていた。灰色のローブを纏い、同じ灰色の瞳を細めて微笑していた。彼が“灰色の魔術師”と異名を取る所以である。
「やっと来ましたか。ソラ」
「ご、ごめんなさい! 遅くなって……」
 謝りながらも上目遣いで師匠を覗き見るソラ。ソラは無意識の内に師匠を、一種の恐れのような眼差しで見ていた。それは日頃の行いから来るものであったが、それほど師匠“灰色の魔術師”は恐れられていた。強大な魔力を持ち、数多の知識を持ち合わせ人々から畏怖と尊敬の眼差しで見られている、そんな師匠をソラも尊敬すると同時に恐れてもいた。
 今度はどんな罰を下されるのか。硬く目を閉じて罰を待っている、ソラであった。
 ところが、そんなソラを待っていたのは師匠の意外な動きだった。
 師匠はソラの頭の上に手を乗せると、噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「ソラ。お前は、魔法で空の上に飛んで行きたいと思っているね」
「はい。師匠」
 ソラは何故か、その師匠の言葉に淡々と答えていくのだった。
「では、何故、空の上に飛んで行きたいのかね?」
「それは…………空の上に、神様が居るからです。神様に会いたいから、です」
 暫しの逡巡の後にソラはゆっくりと確実に答えていく。不思議と抵抗感は無かった。
「何故、神様が空の上に居ると思うんだね?」
「それは、神様を見たからです」
「神を見た」
 その答えが意外だとでも言うように、師匠は一旦そこで言葉を区切った。
「神様は、居ないんだよ。少なくともこの空には」
 師匠はゆっくりと言い聞かせるようにソラに言った。
「ソラ。真実を見るんだ」
 そう言うと、師匠はソラの額に人差し指を当てそのままの姿勢で何事か呪文を呟いた。すると人差し指の先が淡く光り、ソラの額から全身を包み込んだ。ソラは、淡い光の繭に包まれた――。

 記憶が遡って行く。子供の頃の記憶、生まれた頃の記憶へと――。
 ソラの目の前には瑠璃色の瞳を持った、空色の髪を肩のところで切り揃えている男性が居た。ソラはそれが“神様”だと一瞬で認識した。そして、彼が自分を作ってくれた男だと言う事も。
 男は、右手をソラの頭に乗せると、言い含めるように語り聞かせた。
「いいかい? ソラ。君は今日から、パミラの弟になるんだ。パミラの弟として生きていくんだ。パミラの弟としてパミラを守って」
 その言葉を聴いた瞬間、ソラの頭の中に今までの事、自分が作られた本当の意味を知った。
 そうだ。自分は作られたんだ。この、空色の髪の男の手によって。自分は、錬金術によって作られたホムンクルスなんだ! パミラのために。パミラの弟として生まれて来た人造人間――。

 その瞬間に、ソラを包んでいた淡い光は弾けた。同時に記憶の鎖も。
「お、俺は、俺はホムンクルスだったんだ……」
 ひとりでに涙が零れ落ちる。
「そう。お前はホムンクルスなんだ」
「今まで神様だと思っていた人は、俺を作ってくれた人だったんだ……」
「……」
 辺りを沈黙が支配した。
 パミラは何の事だか訳が解らないといった表情で、二人を交互に見遣った。これからソラと如何接していけば良いのか、戸惑いをその瞳に宿して。ただ、ソラが今まで自分の知っているソラではなくなった事だけはよく理解しているようである。
「あ、あの、ソラ?」
 パミラが恐る恐るソラに声を掛けると、ソラはパミラに向き直って言った。
「パミラ。俺は、君の弟として作られたホムンクルスだったんだ。君の、弟なんだよ」
 ホムンクルス。錬金術の秘術によって作り出される人工の生命体。パミラはその“ホムンクルス”という言葉を聴いて初めて何がどうなっているのか解った様に、驚いて目を見開いた。
「お姉ちゃん。俺は、お姉ちゃんを守る為に作られたんだ」
 パミラはこれから起こるであろう怖ろしげな予感を思い、眩暈に襲われた。



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文芸越人600さん主催の企画、バトル仮面舞踏会(バトカメ) <お題:剣と魔法のファンタジー 3000字>にて投稿した作品です。
投稿作品を少々手直ししたものです。2955字です。

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