生誕〜The Wing of the Time〜


二、宰相モリスン

 場所は変わって、ここはとある王宮の一室。
 恰幅のよい男が座り心地の良い椅子に座り、その丸い顔を苦々しげに歪ませていた。
 男の目の前には例の村から帰還したばかりの、隠密の男が立っている。あの戦いで、唯一生き残って戻って来た男だ。
「……それでお前は、失敗しておめおめと戻って来たわけなの!?」
「はっ、申し訳御座いません」
「……ふんっ! ……よくわかったわ。この事はわたくしの口から陛下に伝えておくわよ。お前は、その傷でも癒していなさい」
「はっ、恐縮です……」
 かつて、襲われた村人達が想像した通り、この恰幅の良い男は王宮の一室で職務に勤しむ宰相だった。つまり、あの隠密達はゼンスター王国の宰相が雇った者達だったのだ。
 ゼンスター王国。
 この大陸で覇を競う王国の一つである。このア大陸は三つの大国と、十の小国から成り立っていた。皆何処も王制を敷いているが、隣の大陸イにて、覇を唱えているミニマム帝国に対抗し得るのはゼンスター王国唯一つである、と言われている。その所以が、強大な軍事力と豊かな経済力である。他に二つの大国がゼンスター王国と対抗しているが、征服されるのも時間の問題なのではないか、と噂されている。他の小王国は推して知るべし、だ。その上、ゼンスター王国はミニマム帝国の支配を拒絶するため、さらに軍事力を強化しようと画策しているらしい。その過程で例の少女の噂を耳に入れたのだ。“強大な力――治癒の力――を持っている少女”彼女は利用価値がある。そう、国王に進言したのは、他でもない宰相自身だった。名をモリスンと言う。三十五の年月でゼンスター王国宰相の椅子まで上り詰めた男である。国王からの信頼も厚く、進言が容易に通る立場であった。
 モリスンは戦争推進論者だった。実質彼が軍を取り仕切っているようなものだった。王国の群臣たちの中にあって、智謀と野望は一、二を争うほどの持ち主だ。そして権力に対する執着も、群を抜いていた。彼の出自は謎めいていた。実際に、ある貴族がお忍びで遊んだ娼婦の子だとか、農家の家に生まれた三男坊、賊上がりの野蛮人などという、耳にすると気分を害するような噂話が横行するほどだ。モリスン自身、過去を話そうとしないので、周りの詮索好きな人々は憶測を並べ立てるだけ並べ立てて楽しんでいるのだった。しかし、それもまた一興、と彼は考えていた。彼の地位を脅かす程の事ではないし、国王さえ抑えておけば、誰が何を言おうと関係ない。国王に諫言を弄する者が出てこない限りは、自分の地位は安泰だからだ。
 彼の今までの功績は、至極まともだった。血の滲むような努力によって、今の確固たる地位を築いたのだ。若かりし頃のモリスンは野望は有ったが、金も、地位も、名誉すらなかった。「いつか、一国を動かすほどの男になってやる」という野望だけを頼りに、まず学問を修めた。二十代の若さで王立アカデミーを卒業すると、今度は経済力を付ける為に商売を始めた。時勢の機に乗って、大成を収めると、その豊富な経済力を足がかりに、ある高い地位にいる、貴族に取り入ったのだ。その貴族の娘と恋仲になり結ばれると、国王との謁見の機会を得る。その時までに判明していたモリスンの過去は、王立アカデミーを卒業した前後までだったと言う。貴族の養子になる裏で、大金が動いた、と言う説が浮かび上がったほどだ。さて、宮中に出入りが許されたモリスンは金銭にものをいわせて、数多いる貴族達を抱き込んでいった。上級貴族ならともかく、下級の貧乏貴族達はモリスンの融資を無下には断れなかった。そうして次第次第に弱みを握られていき、モリスンの覇道を阻む者は宮中では誰もいなくなった。宮中にて、宰相の位に就くと、まず財政力を固めていった。今よりも商人の出入りを自由にし、輸出入を緩和することによって市場に活気が溢れるようにした。工業を推進し、富国に努めた。ここまでの政策で彼は人心を掌握することに成功した。しかし、彼の野望はそれで満足するに至らなかった。思い通りになるにつれ、野望が膨れ上がる一方だった。その内、当初考えてもいなかった野望にとり憑かれる。
 全世界を席捲する。
 その想いは、日を追う毎に強くなっていった。
 彼はその事に、執着し始めた。今まで――権力に対する執着――以上に。
 その頃、ふとある噂話を耳にした。街の酒場で語られるような、他愛も無い噂話だ。
――“癒しの村”と呼ばれる場所に、強力な“癒しの力”を持った少女がいる。
 誰が何処で語らいでいたのか出所ははっきりしないが、宰相モリスンの耳に入り、彼の心の片隅に留まるだけの効力を持った言葉であった。心の片隅に引っ掛かった“少女”の話題が原因で、食事も喉を通らなくなった頃、彼は漸く動いた。彼は、その噂話が真実か、念入りに調べた。“癒しの力”の信憑性と、その“少女”が実在するのか、その素性を明らかにした。その調査の果てに“少女”の居場所、つまりは“癒しの村”の場所を特定するに至った。そして、例の隠密達を動かしたのだ。「“少女”を手に入れ、無事に帰還する」と言う命令を与え……。
 だが、よもや失敗しておめおめ逃げ戻ってくるとは。
 モリスンは初めて、苦虫を噛み潰すような心境を覚えた。
 だが、このままでは終わらせない。“少女”――名をキスティス・カルツという――の“力”の効果は絶大だ。傷を癒す力というものを軍の中に組み込んだ場合、その効果は絶大なものとなるであろうとモリスンは推測した。まず、兵の士気に関する事がめざましく表れるだろう。傷を受けても直ぐにでも癒せると言う利点があれば、兵は死に対する恐怖を克服する事が出来るだろう。恐怖から解放されれば、兵達の士気が向上する。全軍衝突した時の押す力が強まり、戦局が自軍に有利な方向へ大きく動くだろう。兵達が傷を受ける事を恐れなくなり、前線に猪突する者が出て来るだろうからだ。皆、手柄を立てたいのは一緒なのだ。
 それだけではない。彼女の“力”は。
 “癒しの力”を逆さまに使うと、“破壊の力”が生まれるという話だ。創造と破壊の力は表裏一体、と言うことらしい。つまり、彼女の力を逆さまに使えば、大地を涸らせる事も出来るだろう。そう、伝え聞いた。
 そこまで思惟を巡らせると、モリスンは決断を下した。
「こうなれば、軍を動かすしかない……わね……」

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