俺咎閉鎖空間





そっと伸びた手は、隣へ触れ、掬い上げた一房を柔らかくなでた。

それは最初に出会ったときよりも長くなっていて、元々長かったせいもあって今では背中を覆うほどだ。

「……なんだよ」

ずっとなでられて、だんだんと恥ずかしくなってきたのか、翡翠の髪の持ち主はゆるく頭を振った。

髪はささっと指の間をすり抜けて背中に戻ってくる。

「いや、だいぶ伸びたと思ってな」

始めて会ったときは確かこのくらいだったか?とシュンは指を移動させてエースの肩辺りを示す。

「もう五年だな」

「ん?ああ。でもまだ再会して一年も経ってないんだぜ?」

なんか全部が懐かしいな、と呟いたエースは自然な動作で体か傾がせ、隣にある白い上着の肩へと頭を乗せた。

穏やかに目を閉じ、身を委ねたまま再び口を開く。

「確か、もうそろそろ二十歳だろ?」

その頭の中では、初めて会ったときの十代後半に入ったばかりの自分たちの姿、主に緑の上着を風に翻している少年の姿があった。

今より髪は短く、顔立ちも整っているが幼い。

そっと目を開けて、見上げるように顔を動かすと視界に映った横顔が頭の中の残像と僅かに重なった。

「……どうした?」

ふ、と視線を合わしたシュンは昔から変わらないエースにだけ向ける笑みを浮かべる。

「爆丸ディフェンダーだったときのお前を、思い出していた」

「……わざわざ思い出さなくても、俺は今ここにいるだろう」

僅かに眉を寄せたシュンの様子にエースは瞬いた。

そしてなぜ相手がそんな表情をしたのかしばらく驚いた顔のまま思案し、結論が出て小さく呆れるよう苦笑する。

「お前まさか嫉妬か?しかも俺の頭の中の昔のお前に……」

ばーか、と呟いたエースは再び肩に頭を乗せ直し、くすぐったそうに表情を崩した。

「……悪いか」

その様子に珍しく拗ねた様子を垣間見せたシュンがふっと体をよける。

当たり前に体を預けていたエースは倒れそうになり、慌ててソファーに手をついて反論の言葉を吐きながら体勢を整えた。

「てめえ!なに考えて……!」

「借りるぞ」

エースの言葉を遮るようにシュンが呟き、ゆっくりと上体を横倒す。

音を立てずに収まったのはエースの腿の上。

「うわっ……」

驚いたのと恥ずかしいのが入り混じった小さな声が上がれば、シュンは小さく笑む。

「おま、ちょ、恥ずかしいからやめろ!こういうのは女にしてもらうもんだろが!」

「ここには俺とお前しかいないのに、か?それに女にされていたらされていたでお前が嫉妬するだろう?」

図星を言われたエースは何かを言いたげにしながら、最終的には口を噤んで視線を泳がせた。

「だって、俺、女じゃねえし……」

「ああ、抱いてるんだから飽きるくらい知っている」

「ばっ……!……や、柔らかくなんか、ねえんだからな……」

「いや、十分に柔らかくて甘い……」

「こ、この!恥ずかしい口を一旦閉じろ……!」

平然と言ってくる言葉から与えられる恥ずかしさに頬を真っ赤にしたエースがシュンの口を両手で押さえた。

何をする、と目が訴えてくるがエースはそのまま手を動かさないでいると、その下で僅かに動いたのが感じられる。

と、次の瞬間、昔は白の指貫の手袋をしていたその素の掌に独特に滑った生温かいものが触れた。

「ひあっ……!てめ、なにして……!」

嬌声のような高い悲鳴を上げたエースは咄嗟に手を引っ込めて、その手に残った不愉快感を服で拭い、何度もシュンと見比べる。

「なにって、放してくれなかったからな、舐めただけだ」

「おま、なんでそんな平然と……!」

一人あたふたとするエースにシュンがにやりと笑んで、さっきの舐めた瞬間のお前の顔、とてもそそられる、と呟いた。

驚きで固まった翡翠に再び手を伸ばし、その髪を梳く。

複雑そうな顔で、しかし大人しくされるがままになっていたエースはするりと下がってきた手にびくりと震えた。

その様子に楽しげに笑み、シュンは下手に身構えたエースの体を引き寄せる。

「なっ……」

ぐっと近づいた距離に、輝く金色が驚きに見開いた灰色に反射した。

金と灰のアンバランスな色合いが絶妙なコントラストで混ざり合い、また戻る。

「昔、まだ自分たちが実際に見たもの、感じたもの、触れたものが、世界の全てだと思っていたとき……」

「……ああ」

どちらともなく瞼が閉じられ、その各々の脳裏には濃緑と紫の姿が浮かび始めた。










「……」

「……」

辺り一面の荒野。

足元は萎びた草が疎らに生え、土地特有の軽い乾いた風がそれを撫ぜ、髪を揺らし、服をはためかせる。

異世界から来た六爆丸の子供達の一人、そしてパーフェクトコアのパートナーである少年の幼馴染と、紫の闇を扱う新たなる爆丸バトルブローラーズの一員が肩を並べて立っていた。

いや、語弊がある。

仲良く、ではない。

明らかに纏っている雰囲気は悪く、肩が並んでいると言っても二人の体の向きはいい感じに狭すぎず広すぎずに外へ向いている。

ガスとスペクトラとの戦いの後、アルファシティヘ行く途中。

トレーラーの操縦者の休憩とお茶の時間を兼ねて一時停止をしているところだった。

一人になろうと輪を抜けてきたエースと、情報整理をしようと外に出たシュンが丁度同じ場所で出会ってしまっただけである。

「てめえ、なんでここに来た」

「別に大した理由はない。ただ情報を纏めに来ただけだ」

予定としては明日にはアルファシティに到着するだろう?と尋ねたシュンはそのままその場に腰を下ろし、携帯機器の電源を入れた。

その肩ではシュンのパートナーのイングラムがポップアウトする。

「シュン……?」

「……」

エースとイングラムを傍らに置いたシュンは黙々と末端を弄り、次々とディスプレイをの展開し閉じ、それを繰り返していた。

「……っ〜〜」

イライラとその様子を眺めていたエースは奥歯を噛み締めた後、鼻を鳴らしてその場に腰を下ろす。

その肩でイングラムと同様にパーシバルがポップアウトした。

「エース、何を緊張している」

「……はあ!?おい、俺が緊張してるってどういうことだパーシバル」

眉を寄せたエースが肩に向かって言えば、パーシバルは少し首を左右に揺り動かし、いや……、と言いよどむ。

その視線がシュンとエースの間を彷徨い、結局はエースで止まりパーシバルが黙った。

カチカチとボタンが押される音だけが広がる。

他には乾いた風が地面を転がすカサカサとしたものだけが通っていった。



「……」

「……」

無言が痛い。

「お前、この世界はどうなると思う?」

先に沈黙を破ったのは山のような数のディスプレイを見ていたシュンだった。

「……どうって、どういうことだよ」

シュンを振り返れば、彼はディスプレイを操作する手を止めずにエースへ話を振っている。

多少なりと苛立ちが収まっていたエースだったが、その質問と姿を見て少しばかり苛立ちを募らせた。

「そのままの意味だ。爆丸ディフェンダー、いやバトルブローラーズがHEXに勝ってこの爆丸の世界を救うか、最強を誇るHEXの前に跪くか……」

「お前、ちょっと口閉じろ」

シュンの言葉の途中でエースは怖い顔で身を乗り出す。

「てめえ、この世界を救いたいのか滅ぼしたいのか、どっちなんだよ」

切迫した空気の中で息を詰めたのはお互いのパートナーだった。

「救いたいさ。だからこうして情報を集めていた」

「……どうだか、口先だけならいくらでも言える。本当はHEXの手先だったりしてな」

「エース!」

にやりと笑ったエースを肩に乗ったパーシバルが止める。

ダンの幼馴染だって言ってもある意味過去の話だ、今いるこいつは偽者かも知れねえんだぜ?俺は信じきれねえ、と言ったエースにシュンが眉を寄せた。

「なら、今ここに存在している俺から知ってみるか?」

「は、意味わから……」

いきなり後頭部に手を回され、ぐいと引き寄せられエースの体がシュンへ傾く。

突然起こったその行為にエースはただ大きく目を見開くことしかできなかった。

「……」

「……」

数秒後、零距離から離れたシュン以外で先に我に返ったのはそのパートナー。

「シュン……!お主、どういったつもりでそのような行為を……!」

「エースを気に入ったからだ」

「し、しかし……」

イングラムの言葉を大きく遮ったのは誰でもなく被害者のエースだった。

「うっせえな!!……てめえ、ほんと……なん、なんだよ……」

かくりと落ちたエースの体を抱き留めて、シュンはイングラムを掴み無言で胸ポケットへ入れる。

「少し、寝ていてくれないか」

「……承知致した」

それっきりイングラムの声は途切れ、また静かな時間が流れていた。

「……」

「……」

その空気にパーシバルは自ら悟ったのか、球体に戻ると自分から胸ポケットに入って大人しくなる。

途端、ぽたぽたと雫が乾いた地に落ち、小さな染みを作った。

「なんだよ、もう、まじ意味わかんねえ……」

「すまない」

「謝るんだったら、最初からするんじゃねえよ……!くそ、なんで嫌いになりきれねえんだ!」

どん、と地面を叩き、そこに爪を立てたエースの姿をシュンが抱く。

その瞬間から二人の愛の定義というものが少しずつ変化を始めていった。










「……なんかよ、あの頃は力もなくて、世間からも拘束される年齢で、よくやったと思うぜ」

ぱちりと目を開き、シュンへ僅かに唇を重ねたエースが呆れたように笑う。

それにシュンも瞼を開け、静かに目の前の表情を見つめた。

「お前はずっと変わらないな、昔から……」

何を思い出していた?と尋ねれば、最初にキスされたムードもくそもねえときのこと、と返ってくる。

同じ内容を思い出していたシュンは、そうか、とだけ言って体を起こした。

エースの隣に座り直し、肌理の細かい肌の手を取り、指を絡める。

今ここには鳩留町の賑やかさも、ヴェストロイアの華やかさもない。

あるのは静かな風の囁きと、たった二人だけの小さくも大きな幸福だけである。

「シュン、本当にこんな場所で良かったのか……?」

不安げに、心配そうに見上げてきた灰色の瞳に柔らかく微笑み返し、シュンは口を開いた。

「それはこっちの台詞だ。ここは日本だ、寂しいだろうに……」

「ばーか、お前と一緒ならどこだって良いっつーの」

ふわりと笑まれた微笑は、世界から遠く隔離された一室の彼らにしかわからない。

窓の外では波と風が戯れた。





俺咎閉鎖空間




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