いきる


シュンの家は、メトリアリアから外れた小さな森の中にある家だった。VDOの世界観からして洋風な家で、シュン曰く「あまり落ち着きはしない」らしく、仕方なく和室も一部屋作ったのだという。
「良い家だな」
シュンが森からとって来た食材を使い、料理している間、リビングの椅子に腰を下ろして待つ。と、言ってもキッチンで現れたウィンドウに手を滑らせ、データに支持するだけの作業のため、時間も数秒なのだが。
「そうか?」
「ああ。俺も家買おうかな」
シュンが料理をテーブルに並べながらつぶやく。シチューの良い香りが漂い、食欲をそそっている。
「だったらエースもここに住めば良い」
プロポーズにも似た返答に、エースはしばし沈黙した。
「……それは……」
「何か問題があるのか?」
椅子に座りつつあっけらかんとしているシュンに呆れながら、いただきますと二人で挨拶する。スプーンですくい上げ、口にすれば、実際に食するより美味しいのでは無いかと思える味わいがした。
「そうしたら、俺はログアウトしたくなくなる。実際の身体には栄養は届かない。例えデータ化されていても。そうしなければ、学生や社会人は廃人になりかねないからな。俺も、できることなら……」
現実には大切なものが無いから、と言おうとした言葉をとめる。ちがう、そうじゃなくて、このログインしなかった数日に自身が確信したことが何なのか、しっかりと伝えるためにログインして来たのに。言葉を選び直し、ゆっくりと紡ぐ。
「……俺も、できることなら……シュンと同じAIとして、この世で出逢いたかった……。いつまでもこの世界で、暮らせたら、きっと幸せだろうし……」
違う、もっと言いたいことは違うのに、上手く言葉にならない。涙が溢れそうになるのをぐっと堪えた。
「それは、シュンがこの世界にいるからで……一緒に居たいとそんな風に思うのは……やっぱ、俺は、シュンが、好きだからなんだと思う……」
AIだと知ってキスしてしまったのも、色々な期待を抱いてしまったのも、すべて。いつからそんな気持ちが湧いたのかはわからない。気に食わないと怒りしか抱かない心がいつ変化したのか。
「シュン。俺の心も、お前の心も、データじゃない。だから、……俺はどんなシュンだってすきなんだよ!」
大粒の涙が、頬を伝い落ちた。このVDOが憎かった。このフルダイブでシュンに触れられるのは、皮肉にもシュンがAIであり、それによって集められたデータから成り立っていることだった。触れている感覚も、暖かみも、すべてがデータでしかない。でも、シュンはこの世界で生きている。そして、エースを見てくれていた。それだけで十分報われた。
「……エース。俺は、俺自身の気持ちも行動も、すべてデータでしかないと思って来た。けれどエースを見た日から、ただお前のために何かしたいとばかり考えていたんだ。一人のプレイヤーに執着することなどありえないのに。ーー今、エースが俺の心がデータではないと言うのなら、俺がエースを愛しいというこの想いは、人間そのものなんだな」
シュンの白い頬に、涙が線となり落ちてゆく。
「俺も、シュンも、生きてるんだ。この世界でも……生きてんだよ……!」
データではない。この想いは、絶対に決められたものではないのだ。シチューは冷めてゆくことは無いけれど、今は食べる気にならなかった。エースは、今日貰ったメールの内容を不意に思い出し、小さくつぶやく。
「……マルチョから、メールがあってよ……メニューウィンドウの下の方に……」
接触制限解除設定と呼ばれるものがあり、それを外せばーー。
「それは……知らなかったな」
「っ知らないで寝かせないとか言ったのかよ!」
「ハッキングすれば何とでもなるからな」
「すぐにハッキングしようとすんな、馬鹿!」
変わらないシュンが嬉しいような、やはり殴りたくなるような、しかし涙は止まらない。シュンが手を伸ばし、頬に触れる。ここでは喜怒哀楽は隠せない。すべてがはっきりと出てしまう。ああ、シュンの無表情もAIである手がかりだったのか。しかし今、彼の顔には微笑みが広がっている。
「好きだ、エース」
「俺もだ、シュン」
接触制限解除設定のボタンに触れ、メニューウィンドウを閉じ、二人はキスを交わした。

「課題なんてやってこないかと思ってたわ」
ミラが、朝に課題を提出したエースの姿を見て言う。そんな状況にさせた一人に入るというのに。エースは「確かにな」と皮肉をスルーしてみせる。
「まあいいんだけど。ーーねえ、今度<爆丸ディフェンダー>のオフ会をやる予定を考えてるの。エースも来るでしょう?シュンにもそう伝えて」
メールが届かないのよと、ミラは笑うが、エースは苦笑いするしかない。マルチョは何と言ったのだろうか。いや、きっと同じように苦笑いするしかなかっただろうが、エースは違う。
「……ああ、伝えておく」
マルチョに高画質のディスプレイと、正規版<フルダイブ装置・ヴァン>を用意させて、すべての説明をさせよう。そして、自分のこの気持ちもすべて話してしまおう。自分がどれだけ、彼を愛しているのかを。受け入れてもらえるように、精一杯に。






2011/06/30

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