たたく


今から思うと、パージバルもイングラムも、席を外してくれていて助かったと思う。男二人が並んで座る姿など、情けなくてエースは仕方ない。バトル直後のサポートAIは、球体に戻り、しばらく出現しないらしい。
PKギルド<HEX>に狙撃した瞬間も、巨大イカを手懐けられたのも、スペクトラに投げた小刀が外れたのも、すべてがおかしかったのだ。いや、バレットM82を手に入れた瞬間からすべてが。すべてに疑いをかければ嘘だと言えるし、あり得ないと思われるだろうが、これだけは言える。後悔はしたくない。涙が滲んで、鼻がつんとする。声が震え、エースの弱い部分が晒されていく感覚がした。強くなりたかったのに、エースはぐっと呑み込み、吐露する。
「お前、俺にPKのまがいごとさせるの、凄く嫌がったよな」
「ああ」
狙撃作戦が話し合われた時、最後まで首を縦に振らなかったのはシュンのみだった。最初はエース自身を弱く見ているものだと思い、エースは怒りを剥き出しにせざる終えなかったが、それはシュンがエースのことを純粋に思って反対していただけだったのだ。
「ありがとうな、でも……シュン、やり過ぎだ」
シュンは黙ってエースの弱い笑みを見ている。何もこのまま言わずに、嘘だと言って欲しい。エースは、シュンの顔を見れずに小さく言った。
「シュン、お前、本当は……AIなんだよな」
Amnesty International、人工知能。言葉にして、途方もない後悔が押し寄せる。PKに二度も失敗したのは、シュンの妨害からであった。VDOの再深部に高速でハッキングし、プログラムを狂わせれば、<HEX>の短剣使いが軽々銃弾を斬ったのも、スペクトラに小刀が擦りもしなかったのも納得がいく。高過ぎるビビットスキルに、強過ぎる<血の刃(ブラッド・ブレイド)>も、まさしくチートに近い。
「巨大イカが俺の言うことを聞いたのも、シュンが手を焼いてくれたからだよな?」
シュンは押し黙ったまま、エースの話を聞いていた。バレットM82はシュンが作り出したものではないのだろう。こんなにも長時間、形を保っていられるのだから。抱き締められて落ちた時の暖かさも、データで無いことをひたすらに願っていた。AIがこんなにも人間に干渉するとは考えられない。
「なあ、何でだよ」
真っ直ぐにシュンを見つめ、問いかけた。彼も、迷いの無い瞳でエースを見つめる。
「俺は元はただの、プレイヤーのプロトタイプだった。フルダイブするために危険の無いように、」
「最も人に近く作られたAIだ」という単語が、エースの心を深く傷つけた。鈍く重い痛みが走る。
「だから好きに行動を許された。だが、いつの間にかデータも揃えられ、俺はそのままここにとどまり続けた。実際に人がフルダイブ出来る程になり、必要無くなったからな。ある時、エースを見かけたんだ。銃に触れていた。お前は気づいて無いかもしれないが、銃を触っている時の顔はいつもと違って穏やかで優しい」
微笑みを携え、シュンはエースの頬に手を添えた。あたたかみが伝わって、AIなどではないと考えを改めたいと感じる。
「俺は、その時からずっと、エースと話してみたいと思った。だからマルチョとだけ接触し、事情を話した」
今回のギルドそのもの自体が仕組まれたものだと、エースは始めて気がついた。まさか、ミラは兄を探すだけの目的であっただろうし、ダンとバロンは何も知らないだろう。マルチョは全て飲み込んだ上で、<爆丸ディフェンダー>の一員を演じていたのだ。
「すまない、エース。これがすべてだ」
何も言葉に出来ない。ただ、綺麗なだけだったシュンの顔は、苦しそうに唇を噛みしめている。これがデータで出来たAIなどとは到底誰も思わない。エースが必死に守られた本人であったから、暴いてしまっただけだ。どうしようも無く申し訳なくて、そして愛しくて、エースはシュンの背中に腕を回した。まだ服は乾き切っていないけれど、二人で落ちたのだから関係無い。
「エース……?」
驚きに満ちたシュンの声に呼ばれ、エースは答えないまま、唇を合わせた。あたたかく柔らかい感触は、言葉にし難い。
「……っ」
いきなりシュンが、後頭部を掻き抱き、強くエースを抱きしめた。エースははっとして、何故こんな状況になったのか理解しようとしたが、発端は己であることに顔を真っ赤にする。キスは触れ合うだけでなく、深いものに変わり、どちらとも分からない甘い吐息が出て、エースは目を強く瞑った。痛みは感じないのに、感覚はリアルなフルダイブ状態でのキスは、エースの理性を崩しかけてゆく。相手に抵抗しなければいけないのに、身体の力が抜けて、なにか期待を抱きそうになる。
不意にエースは、背中に気配を感じて、思い切りシュンの胸を押し離し、その綺麗な顔の顎に掌底を叩き込んでしまった。振り返ると、先ほどの巨大イカに乗った<爆丸ディフェンダー>のメンバーが呆然とエースを見つめている。
「大丈夫よ、エース。わたしたち何にも見てないから!」
本当に、三秒ほど時間が止まったような気がして、エースは眩暈を感じた。
「そうっすね、何にも!」
「そうだぜエース、もう邪魔しないから続けてくれ!」
マルチョだけが苦笑いをしながら黙っていて、エースは一気に青ざめる。マルチョ以外に、シュンがAIだと知る者はいないし、AIだと分かっていてもーーそれはただのカップルにしかしない行為である。
「……シュンの馬鹿野郎!!」
エースはメニューウィンドウから転移装置を実体化し、メトリアリアに瞬間移動した。その場でログアウトしてしまいたかったが、リタンマウンテンの中からまたログインするのは生理的に嫌だった。メトリアリアに着くと即座に宿屋に駆け込み、一部屋借りると、部屋の鍵を閉めてベッドにダイブし、ログアウト。
目が覚めた時には、エースの実際の部屋だった。<フルダイブ機器・ヴァン>から手を離し、崩れ落ちるようにしゃがみ込む。<ヴァン>からパージバルが「どうした?顔が赤いぞ」と聞いてきたが、どう答えたらいいかわからず黙っていた。声を出そうとしたら涙と嗚咽が出てしまった。
くるしい、くるしい!




掌底って、たたくに入るのかな…
2011/06/29

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