傷付けて、傷付けて…


――キーンコーンカーンコーン


鐘の音と同時に慌ただしくなる教室の中、俺はビクリと身体を震えさせていた。もどかしい気分になり、授業が終わって欲しいような、欲しくないような。葛藤する。それでも教師は終わりを告げ、この場を去ってしまったのだ

『エース。一緒にお昼食べないか?』

隣からそう訊かれても俺は振り向かない。この席になり何度目の誘いなのか、もう分かんねえ…

『いい加減にしろ!誰がてめえと飯なんか食うか!』

吐き捨てる様に言えば「そうか」と言われる。そのすまなさそうな、切なさそうな音色に心臓が痛くなる。ガタガタと音が聞こえてきて、直ぐに顔を隣に向けるがもう遅い。彼奴は俺に背を向けていた。何か言いたいが言えなくて、色々と試行錯誤をする間に、彼奴は扉の先に行ってしまった

(また、だ…)

深い深い溜息を吐くと、目頭が熱くなる。そんな自分を誰にも見られたくなくて、俺は急いでこの場を去った
風見駿。成績、運動、共に優秀で文武平等。そのため教師に一目置かれる存在。冷静で無口、無表情な為、女子から多大なる人気がある。又クラスの中で違う意味で存在感がある。それが俺の隣の奴で、俺が知っている奴の情報
最初は気にしなかった。奴の存在なんかどうでも良かった。俺は元々独り身だし、それが淋しいとか思った事が無かった
だが、彼奴の隣になってからだ。何気なく挨拶してくれる彼奴の事を気にし出したのが。声をかけられる、その一瞬の出来事が、嬉しく思えたなんて直ぐだ。彼奴の見てないトコで眼を追って、見ているだけで幸せになるのを覚えた。此が人を好きになる事なんだと実感した日は恥ずかしくなりマトモに彼奴を見れなかったが、それでも見続けた。それを知ってなのか、知らないのか、奴は俺に話かけてくれる様になった。だが…

『もう、いやだ…』

1人になりたい時に訪れる場所。狭く、誰も来ない暗い空間。俺はその空間の壁に頭を押し当てた。眼が、熱い…
俺は素直になれなかった。素直になるのが怖いのか、素直になった自分を拒まれたら嫌だという思いなのか、どっちか分かんねえけど、なれない。何時だって開いた口は思ってない事を吐く
本当は一緒に飯だって食いたいのに、どうしてそんな事を言ってしまうんだ?逆に嫌われて仕舞うんじゃないか?自問すれば眼の前が歪む
壁を握れるだけ握り、俺は額を壁にぶつけた。何度も何度も。ゴスッゴスッと音を立て、額が悲鳴を上げようが構わない。素直になれない自分を痛み付けなきゃ、俺は俺を保てない。周りが見えなくなってこようが、額から何か流れる感覚がしようが、俺は俺を痛み付けた

『…何、しているんだ?』

『っ?!』

声が聞こえた。声が聞こえるなんて初めてだ。今まで一度も、こんな事している時に話しかけられた事なんて無かったのに…
振り向いても、歪みきった世界には誰が居るのか分からねえ。只音だけを頼りにすれば、話しかけた人物が走ってくるのが分かる。其奴が眼の前に来ても、俺は誰だか分かんねえ位、視界は歪んでいる

『血が出ている。何故、こんな事をしているんだ?』

声を頼りに誰かを判断しようという冷静な頭は持ってねえけど、誰だか分かった。彼奴だ。彼奴が眼の前にいるんだ。眼の前が余計に歪んだ

『…医務室に行こう』

不意に手首に圧迫感を感じた。それが何なのか、理解する前に、俺は力強く払う

『さ、触んな!つかてめえうぜえんだよ!』

バシンと音を立て払い、罵声を吐く。そして気付き、身体が跳ねる。今眼の前にいる人物に、何て事をしてしまったんだ…。謝りたい。謝りたい…

『だが、エース。血が』

『ウザイって言ってんだろ!さっさとどっか行け!気持ちわりい。てめえみてえな奴はな、だいっ嫌いなんだよ!』

さっさと俺の視界から消えやがれ!
吐ききった後は、静かだ。怖くて恐くて逃げ出したい気持ちが襲ってくるが、それよりも先に「分かった」と呟く声が聞こえた。驚いて、歪んだ視界で頑張って眼を追えば、彼奴が離れて行っていた。一生懸命、腕を伸ばしたい。彼奴の身体の一部を掴んで、ただひたすら謝りたい。そう想うのに、腕は伸びない。ただ口だけが勝手に動く。「ほら、さっさと行けよ!」なんて、どうして言えるのか分かんねえ。歪んだ視界から彼奴が消えたと認識すれば、ズルズルと身体が降下する
まただ。またやった。なんで?なんでなんだよ…?分かんねえよ…。普通に話したいのに。心配してくれたのに。それが嬉しかったのに。触れてくれたのに…


ドウシテ素直ニナレナインダ…?


近くにあった石を掴む。反対の腕をさらけ出し、今度は腕を傷付ける。ごめんなさい、ごめんなさい。そう想い、吐きながら、自分の腕を傷付けなきゃ、彼奴に申し訳ないんだ


何時まで殴りつけたかなんか分かんねえ。もう見える視界に、紅く染まったが固まっている自分の腕が見える。なぞれば痛みが走ったが、それを気にしてはいけない。此は俺が受けなきゃなんねえ罪だから
立てばフラフラになりつつも、歩ける事が分かり俺は歩く。近くの水道で顔と腕を洗い鏡で顔を見れば、酷い顔をしていた。そんな顔にさせたのもやはり自分の所為なんだと実感し、俺は教室に行く
開きっぱなしの扉を入れば、数組のグループが出来ていて、それぞれが何やら話している。他のクラスの奴らも居るから、今は放課後か。時計を見れば、短針が4より先の数字を指していた

(かえ、ろう…)

これ以上此処に居たくない。居たら又逢ってしまう。逢いたいけど、話したいけど、口から出る言葉は彼奴を傷付けてしまうんだ。それが嫌だ。傷付けたくないのに。普通に話がしたいのに…!

『…私、風見くんに告白する!』

だかそれを許さなかった。鞄を掴もうとした手が止まり、声がした方向を、ゆっくりと向いた
数人の女子のグループだ。その中で1番俺から近い奴が、ガッツポーズをしていた。彼奴と同じ黒髪で、ポニーテールの女だ

『えっ?ほんと?!』

『ほんとだよ!今待ってるんだもん』

少し頬を染めた其奴は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、発言している

『上手くいくといいね!』

『応援してる!』

『あ、ありがと!!』

励まされた其奴は、感謝の言葉を述べていた。そして眼がキラキラと輝かせた。彼奴は今何を想像しているんだ?彼奴と…。シュンと付き合った事を想像してんのか?!

『…渡さない』

呟けば、余計に力が入る。その言葉は誰にも聞かれず、消え去っていようが、俺の耳には入っている。俺の、本心。俺の、感情。譲れない、もの。グチャグチャとしながらも、やるべき事は無意識に決まっている。俺は歩き、本来なら鞄を掴む予定だった手で、女の肩を掴んだ

『え?な…』

急な出来事に頭がいかず不思議そうに俺を見る眼に、掴んでいた手を離し、直ぐに作り上げた拳を食い込む様に押し当てた
ガシャンと音を立てるのは女が殴られた所為で後退し、そのため椅子や机が倒れたからだ。悲鳴が聞こえ耳が痛い。そんな声を聞こえないフリをし、俺は反対の手で女の肩を掴み、床に叩き付ける
何を言っているか分かんねえ声で俺を見上げる女の存在が、見ているだけでムカついてくる。その女に覆い被さるように馬乗りし、下で恐怖にかられ泣きじゃくる其奴を殴る
殴って、殴って。止められそうになり、掴まれようが、俺は無理矢理振り払い、又殴る。こんな奴居なくなってしまえ。つか、近付くな!彼奴に話しかけられていいのは俺だけなんだ。見んな、その視界に入れんな!その眼球、引っこ抜いてやろうか…?

『…シュンと一緒にいていいのは俺だけだ。だから、見んな。彼奴の事』

初めてシュンに対して素直な言葉が吐けて嬉しい中、俺の手は女の眼球へと動いていく














傷付けて、傷付けて…














『落ち着けエース!』

後ろから抱き締められて、俺の身体は跳ね上がりつつ腕の動きが停止した。抱き締めてくれた人物が彼奴で嬉しいのに、身体が言う事をきかねえ。無理矢理引き剥がし、今度は此奴を押し倒し、俺は殴る

『うるせえ!全部てめえの所為だ!!』

吐いた後、気付き視界が歪む。それでも腕が止まらなくて、俺は泣きながら彼奴を殴った

また俺は、シュンを傷付けるんだ…

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